10月7日 編集手帳
スペインの大女優ヌリア・エスペルさんは日本語が読めるのだという。かつて来日したおり、地震にも気づかず、夢中で絵本を読む姿を劇作家の井上ひさしさんが随筆に書き留めている◆その本とはイラストレーターの和田誠さんが、なぜか文のみを書いた『おさる日記』(絵・村上康成)である。船乗りのお父さんから土産におさるをもらった子供が、成長日記をつけていく…◆いわゆるネタバレになるので詳述はしないが、大女優に「こんな面白い本があるなんて。最後のどんでん返しがすごい」と言わしめたそうである◆ほんわかした絵が人気だった和田さんが83歳で亡くなって、きょうで1年になる。東京都内のギャラリーに著作を集めた「和田誠書店」が時を限って開業するという(6日夕刊東京版)。記事を読んでうれしく思った。人柄の伝わる温かみのあるエッセーや映画通として書いた本が並ぶらしい。往時、映画の監督や作曲も手がけている。驚くほど多方面で活躍した和田さんは、次代に伝えたい希代の文化人だろう◆エスペルさんはこうも言ったという。レオナルド・ダ・ビンチみたいな人ね。
10月6日 編集手帳
源頼朝は日本史上の超大物でありながら、冷徹な権力者で精神的に同感しがたいところが多い――と、作家の半藤一利さんは書いている(『名言で楽しむ日本史』平凡社)◆権謀術数に富んだ人物像を物語る場面が、「吾妻鏡」にある。いよいよ旗揚げのとき、将士をひとりずつ密室に呼び、そっと「ひとえに汝 のみが頼りなり」と耳打ちしたという◆総理と担当官の「密室」のやり取りを想像させる問題だろう。日本学術会議の会員人事を巡る菅首相の任命拒否である。側近からのご注進か、首相自身か。何をどう判断しての人選かわからない◆推薦候補はすべて任命するという従来の方針を翻し、6人を拒否した。安保法制などに批判的な学者たちとされるが、まさか政府の顔色をうかがえと暗に言ったのではあるまい。首相の現状の説明では選別の趣旨が見えず、不気味な観測ばかり広がりそうである◆検察官の定年延長問題を思い出す。政府からの独立性を損なうとの疑義から、廃案になった検察庁法改正案である。従来の仕組みの奥の繊細なものを見逃し、不用意に変化を求めるところが似ていなくもない。
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