住民らによると、最も雨が激しかったのは8日午前0時前後。花合野川の濁流が護岸に打ち付け、川沿いの旅館は1時間ほど地震のように揺れた。あちこちで護岸が削られ、人が歩いて渡る二つの橋が流失。20軒ある旅館のうち3軒が損壊し、共同浴場も流された。
小野美智子さん(65)は7日夜、川を巨石がゴロゴロと転がる音で寝られなかった。8日午前1時ごろには、川に面した自宅裏口から浸水。みるみるうちに洗濯機や冷蔵庫が浮き始めた。「まさか自分の家が…。これから片付けないかん」と途方に暮れた。9日も昼から雨脚が強まり、高齢の住民らは避難所や高台などへと避難した。
9日に死亡が確認された渡辺登志美さん(81)は、湯平温泉で旅館「つるや隠宅」を家族で経営。湯平温泉観光協会の麻生幸次会長(51)によると、元々は鮮魚店を営んでいたが、30年ほど前に近くの旅館を買い取り経営を始めた。魚料理を売りにし、着実にお客さんを集めたという。
登志美さんは「とにかく陽気」。酒が好きで、お祭りなどでは歌って踊ったという。娘の由美さん(51)が後を継ぎ、娘婿の知己さん(54)は会社員として働きに出ていた。孫の健太さん(28)も約10年前から、旅館経営に携わっていたという。
4人は8日午前0時すぎ、旅館から避難所へと車で避難中に花合野川に流された。登志美さん以外の3人は依然、行方が分かっていない。麻生会長は「当時は地響きのような音がした」と振り返り、4人について「旅館にいるのがどうしても怖くて、出て行かざるを得なかったのでは」と思いやった。近くで商店を営む金子裕次さん(71)は「よく知っている人でショック。何よりもつらい」と唇をかんだ。
湯平温泉は新型コロナウイルスの影響で宿泊客が激減したものの、県の旅行支援事業などで7月には多くの予約が入り始めていた。豪雨の影響で旅館は今後1週間は営業できず、全体で計400~500人の予約を断らなければならないという。旅館「山城屋」の主人二宮謙児さん(59)とおかみの博美さん(52)は「地域還元の立ち寄り湯など、新しい取り組みを始めていた。今回も被害が出たが、それでも前を向きたい」と力を込めた。 (稲田二郎、井中恵仁