2020年10月24日土曜日

 

10月24日 よみうり寸評

10月24日 編集手帳


 来年の干支えとうし」にちなんだダルマ作りが神奈川県平塚市の製作所でピークを迎えているという。本紙オンラインが着色の済んだ縁起物の写真を掲載していた◆「牛の歩みのように、ゆっくりでも前に進める年に」と主人の荒井星冠さん。まさにそうですねと相づちを打ちつつ、高村光太郎の詩「牛」が頭に浮かんだ。<牛はのろのろと歩く/牛は野でも山でも道でも川でも/自分の行きたいところへは/まつすぐに行く>と始まる◆のろのろとさえ行きたいところにまっすぐに進めなかったのが、残り2か月余りとなった2020年だろう◆春先を振り返ると、本当にあったことなのかと疑いたくなる。学校が休みになり、家から出るなと言われ、患者数の増加や亡くなる方の悲報に触れて過ごす日々――一時はみんなで迷子になったかのような不安が暮らしを取り巻いた◆コロナ禍はまだ去ってはいないものの、何とかすべく足を踏み出していることは確かだろう。光太郎の詩には次の一節がある。<ひと足、ひと足、牛は自分の道を味はつて行く>。のろのろであれ、歩いてよかったと思える来年になるといい。


10月23日 よみうり寸評


 『ドラえもん』の登場人物のうち、いじめっ子といえば誰を思い浮かべるか? 昭和生まれに問えばジャイアンが1番手に挙がるだろう◆ところが昨今の小学生に目立つのはこんな声だという。「しずかちゃんがLINEを駆使していじめ界の頂点に立つ」。子どもとネットの問題に詳しい竹内和雄・兵庫県立大准教授が一昨年の講演で報告している(警察学論集第72巻第3号)◆従来のいじめっ子像にはおよそ当てはまらない子がSNS上の嫌がらせをひそかに主導する。そんな事例が少なくないらしい◆こうした時代の変化も踏まえ、学校が実態をきめ細かく把握するようになった結果なのだろう。昨年度に全国で確認されたいじめが過去最多の61万件余に上った。ただし深刻な被害を招いた「重大事態」の記録も更新されている◆芽の段階でいじめを摘むべく、かすかな悲鳴をくみ取りたい。それを思う時、1年後の発表が早くも気になる。コロナ下の物理的な距離が、先生の耳から子どもの声を遠ざけていないだろうか。


10月23日 編集手帳


義語はリアリストである。おそらく後者の方の作品だろう。先ごろ本紙時事川柳(大阪版)に次の一句を見かけた。<松茸まつたけなどあるはずがないキノコ狩り>(鷹羽正晴)◆と聞いてもなんのその、お目当ての秋の恵みを探して山に足を踏み入れる方はおいでだろう。キノコ狩りの季節が来た。紅葉も各地で見頃になった。ただ今年の山歩きは色々と注意が必要なのだという◆まずは各地で深刻化するナラ枯れがある。米粒大の甲虫「カシノナガキクイムシ」が幹に病原菌を持ち込むことで葉が変色し、枯死する。倒木による登山客のけがを警戒する自治体は多い◆さらに専門家によれば、ナラ枯れの発生地域には炎に似た猛毒の「カエンタケ」の発見例が目立つというから、気をつけたい。過去には食用の「ベニナギナタタケ」と間違えて食べた人が亡くなった例もある。キノコ狩りの本場の信州出身だからか、小林一茶は食べられないキノコに関心を抱いていたらしく、いくつも句を残している。一つがこれ。<うつくしやあらうつくしや毒きのこ>◆ロマン派の方ほどご用心を。化かされぬよう。

10月22日 よみうり寸評


 古びた愛車を自ら運転し、公務に向かう。給料も大半を寄付していたという。ウルグアイの政治家、ホセ・ムヒカさんの大統領時代に伝えられた暮らしぶりである◆政界引退の報を聞いて、その「世界で一番貧しい大統領」がかつて国連の会議で説いた一節が浮かんだ。〈貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、かぎりなく多くを必要とし、もっともっととほしがることである〉◆欲望に振り回される大量消費社会を問うて色あせない警句を反芻はんすうしつつ開いた朝刊で、ひとつの記事に目が留まった◆「2050年に実質ゼロ」という温室効果ガス削減の新目標を政府が掲げる方針を伝えている。既に同様の目標をもつ欧州連合と歩調を合わせて温暖化対策を加速できるかどうか、日本も正念場だろう。週明けに始まる臨時国会で菅首相の決意を聞きたい◆むろん政府だけでなく、個々人の当事者意識も問われよう。いま一度、ムヒカさんの言葉をかみしめてみる。〈より便利でより豊かで私たちは幸せになったのか〉と。