渡辺は中学3年時の3月にプロ入りを決め、将来を期待された。六段時代の2004年に20歳で初タイトルの竜王を獲得して以降、無冠になったことがない。
しかし、名人戦・順位戦では苦労した。一番下のC級2組から名人戦の挑戦者を決めるA級にたどりつくまで10年を要し、そのA級でも、挑戦権を得ることもないまま8期目でB級1組に陥落した。渡辺と付き合いが深い村山慈明七段(36)は「順位戦は持ち時間が6時間と長く、手番も事前に決まっている。先手番が研究を生かしやすく、渡辺さんは後手番の将棋で苦労していた印象だ」と話す。
16年には佐藤天彦九段(32)が28歳で、昨年は豊島が29歳で名人位をつかんだ。渡辺は「最初にA級に上がったときは、メンバーの中でも断然若かったので、名人戦に出るチャンスはあるかなと思っていた。しかし、後輩が名人戦に出るようになり、名人戦への意識が遠のいていった」と当時を振り返った。
それでも名人位はすべての棋士が憧れる特別なタイトル。名人位を奪取した直後の記者会見では「普段通りには決断できないなど、一手一手の重みは感じた。力みみたいなものは当然あった」と抱えたプレッシャーの大きさを明かした。
今期の名人戦は新型コロナウイルスの感染拡大で日程が大きく変更され、渡辺、豊島ともに、二つのタイトル戦を並行して戦うハードスケジュールになった。渡辺は7月に藤井七段に棋聖を奪われたが、直後の名人戦第4局に勝ってスコアをタイに戻した。第5局では苦しい展開をはね返し、第6局は得意の矢倉で退けた。
一方、名人位の防衛に失敗した豊島。最後は渡辺の指し手に19分考えた末、次の手を指さずに投了した。終局後、「さえない内容の将棋が多かった」と肩を落とした。永瀬拓矢叡王(27)に挑戦中の叡王戦七番勝負でもカド番に追い込まれており、正念場の戦いが続く。【新土居仁昌】