2020年8月15日土曜日

2006年の甲子園を盛り上げた八重山商工のナイン (c)朝日新聞社© AERA dot. 提供 2006年の甲子園を盛り上げた八重山商工のナイン (c)朝日新聞社  夏の風物詩・高校野球は、これまでにも数多くの名勝負や名場面が演じられてきたが、これらの印象深いシーンとともに、ファンの間で熱く語り継がれているのが、甲子園大会のテレビ中継で、アナウンサーが口にした名セリフの数々だ。球史に残る熱戦には、名実況あり。そんな思い出に残る“珠玉の言葉”を集めてみた。
「甲子園は清原のためにあるのか!」
 1985年、桑田真澄、清原和博の“KKコンビ”を擁するPL学園は、2年ぶりの全国制覇をかけて決勝で宇部商と対戦したが、3回まで無得点に抑えられ、1点リードを許す苦しい展開。そんな劣勢を救ったのが、4番・清原のバットだった。4回に左翼ラッキーゾーンに同点ソロを放つと、2対3と再びリードを許した6回にも、古谷友宏の内角高め直球をフルスイング。金属バット特有の快音とともに、バックスクリーン左に大会新記録(当時)となる5号同点ソロを叩き込んだ。
「ホームランか?ホームランだあ!」と絶叫したのは、朝日放送の植草貞夫アナ。笑顔でダイヤモンドを1周する清原がアップで映し出されるなか、なおも独特の語り口で実況を続ける。「恐ろしい!両手を上げた!甲子園は清原のためにあるのか!」。
 PLは3対3の9回に3番・松山秀明の右中間へのタイムリーで劇的なサヨナラV。バットを高々と頭上に掲げながら歓喜の輪の中央に立つ清原の姿も、まさに「甲子園は清原のためにあるのか」だった。
「空を見上げました。沖縄の空にももちろんつながっています」
 06年の3回戦、八重山商工のエース・大嶺祐太(現・ロッテ)は、智弁和歌山の強力打線を6回まで3安打、3ランによる3失点に抑えたが、3対3の7回、三塁線へのボテボテの打球が内野安打になる不運で、2死一、三塁のピンチを招く。次打者は4番・橋本良平。ここで八重山商工は守備のタイムを取り、マウンドに内野手が集まった。
 そして、伝令がベンチに引き揚げたあと、再び一人になった大嶺は、マウンドで気持ちを落ち着かせようと、空を見上げた。冒頭の実況は、この場面を見た朝日放送・中邨雄二アナの口をついて出たものだ。
 約1200キロ離れた甲子園と八重山商工の所在地・石垣島を、「空」をキーワードに瞬時にして結びつけた言葉は、郷里の人々の大声援を力に変えて、強敵相手に真っ向勝負を挑もうとする離島のエースの心中を代弁しているかのようだった。
 だが、勝利の女神は微笑まなかった。カウント3-1から橋本に投じた運命の5球目は、右翼フェンスを直撃する2点タイムリー三塁打となり、大嶺は8回途中7失点でマウンドを降りた。
「あり得る最も可能性の小さい、そんなシーンが現実です」
 07年の決勝戦、7回を終わって4対0とリードし、勝利を目前にしていた広陵だったが、8回に悪夢とも言うべき大どんでん返しが待ち受けていた。
 7回までわずか1安打に抑えられていた佐賀北はこの回、1死から連打と四球で満塁と反撃。マウンドの野村祐輔(現・広島)は2番・井手和馬にもカウント3-1と苦闘するなか、5球目は渾身の直球が外角低め一杯に決まったかに見えたが、判定は無情にも「ボール!」。捕手・小林誠司(現・巨人)がミットを3度も地面に叩きつけて悔しがるほど微妙なコースだった。
 そして、皮肉にもこの押し出し四球で、流れは一気に佐賀北へ。次打者・副島浩史は、野村のスライダーが甘く入るところを見逃さず、左翼席に起死回生の逆転満塁本塁打。思わず「まさか!」と目を疑いたくなるような奇跡の大逆転劇を、冒頭の言葉で表現したのが、NHKの小野塚康之アナだ。
 さらに、一発のショックから野村の投球が乱れはじめると、「野村頑張れ、頑張れ!」。公正中立がモットーのはずの実況アナが一方のチームのエースを応援していると受け取られかねない珍しい場面だったが、悲運のエースの苦しい心中に思いを馳せていたファンは、「よくぞ自分の気持ちを言ってくれた」と共感したはずだ。
「日本文理の夏はまだ終わらない!」
 09年、新潟県勢初の全国制覇の夢を乗せて決勝進出をはたした日本文理は、中京大中京に4対10と大きくリードされて最終回の攻撃を迎えた。
 8番・若林尚希が三振、9番・中村大地が遊ゴロで、あっという間に2死。だが、ここから球史に残る怒涛の猛攻が始まる。
 1番・切手孝太がフルカウントから四球を選ぶと、2番・高橋隼之介の左中間二塁打で、まず1点。3番・武石光司も右翼線を破り、もう1点を返すと、4番・吉田雅俊も、三邪飛を三塁手が見失い、捕球に失敗する幸運で命拾いした直後、死球で一、三塁とチャンスを広げる。
 ここで中京大中京は、エース・堂林翔太(現・広島)に代えて、森本隼平をリリーフに送ったが、5番・高橋義人もファウルで粘り、四球で満塁。そして、6番のエース・伊藤直輝の三遊間タイムリーで、2人目の走者も本塁クロスプレーの末、セーフとなり、8対10。
「つないだ!つないだ!日本文理の夏はまだ終わらない!」という朝日放送・小縣裕介アナの名実況が飛び出したのは、このシーンの直後だった。
 日本文理はさらに代打・石塚雅俊の左前タイムリーで1点差まで迫るが、若林のあわや同点タイムリーを思わせる三塁への猛ライナーが、河合完治のグラブに収まった瞬間、彼らの劇的な夏は、ついに幕を閉じた。(文・久保田龍雄)
●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」(野球文明叢書)。

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