10月2日 よみうり寸評
「大東京の将来」を考え、立て看板で表現する。復員して広告会社に職を得た〈私〉に、そんな仕事が与えられる。終戦後の食糧難を描いた梅崎春生の小説「飢えの季節」である◆仕事はなかなか進まない。頭に浮かぶ東京の理想像が一つしかなかったからだ。〈おでん屋や鰻屋やそば屋がずらずらとならんだ、そして安いお金でどんなにでも飲み食い出来る都市〉、これだけだった◆食物屋だらけになればよい――〈私〉の独白は当時の国民に共通する願いであったろう◆なのにつれないではないかと、作家が存命なら思ったかもしれない。多くの人が外食を控えるようになったばかりか、心ない言葉で休業を迫る動きもあった。そうして全国の飲食店が苦境に追い込まれた戦後75年である◆飲食店を支援する「Go To イート」が始まった。〈効果「予想以上」〉。一夜明けての朝刊の見出し(東京版)に
10月3日 編集手帳
『ローマの休日』の新聞記者役といえば、世紀のダテ男グレゴリー・ペックである。一方、この映画のすこし前に主演した『世界を彼の腕に』は近代史に相まって名を残す◆ペックが演じたのは、ロシアからアラスカを買い取るという豪快な夢を抱く船乗りだった。米国が実際にアラスカを買い取った史実を背景に、人間の勇壮なロマンを描く◆トランプ大統領が昨夏グリーンランドを買収したいと表明したとき、一瞬ながらダテ男のペックをよぎらせてしまった。世界からあまりに強引だと批判を浴び買収はならなかったものの、支持率がそれで下がったとは聞かない◆豪快で予測不能な大統領はむしろ支持者の望むところなのだろう。そんなトランプさんが新型ウイルスに感染した。これも予測不能な大統領の一面にちがいない。職務は続けているとされるが、しばらく官邸に隔離され、一月後に迫る大統領選に大きな痛手となる。とはいえ弱気になって白旗をあげる人ではあるまい◆先の映画の題をもじってみる。『世界を誰の腕に』――権力の攻防を描くドラマが終幕に向け、大転換したところかもしれない。