2020年7月10日金曜日

渡辺登志美さんが家族で営んでいた旅館「つるや隠宅」は大きな被害を免れていた=大分県由布市湯布院町湯平で2020年7月9日午前10時33分、石井尚撮影© 毎日新聞 提供 渡辺登志美さんが家族で営んでいた旅館「つるや隠宅」は大きな被害を免れていた=大分県由布市湯布院町湯平で2020年7月9日午前10時33分、石井尚撮影  
  九州を中心に甚大な被害をもたらした豪雨の犠牲者が連日判明しており、9日には大分県で初の死者が確認された。亡くなったのは同県由布市湯布院町湯平(ゆのひら)の渡辺登志美さん(81)。7日深夜に家族4人で車ごと流されていた。歴史ある山あいの温泉街で、名物女将(おかみ)で親しまれた登志美さん。カラオケ好きで、ダンスはツイストが得意だった。「明るくて、快活な人がどうしてこんなことに」。登志美さんを知る人はやりきれない思いを募らせている。鎌倉時代から続くとも言われる湯平温泉で、登志美さん一家は旅館「つるや隠宅」を営んでいた。女将だった登志美さんは料理上手で歌が好き。約10年前まで旅館で働いていた光森千枝子さん(68)は「登志美さんは和食が得意で、出される料理はおいしかった。登志美姉(ねえ)はにぎやかで面白いで、ずっと人気があった」と振り返る。
 数年前に夫が先立つと、娘の由美さん(51)、孫の健太さん(28)と旅館を切り盛りするようになった。健太さんが後を継ぐと、登志美さんは大女将に。50歳以上離れた孫とのほほえましいコンビは周囲から愛され、登志美さんの眼鏡の奥の目が、いつも幸せそうに笑っていたという。
 最近は由布市のデイサービスセンターに週に1度のペースで通っており、施設の職員は「旅館の仕事が忙しくても毎週教室に来て、場を明るくしてくれた。歌って、踊って、みんなを楽しい気持ちにさせるムードメーカーのような存在でした」と目を伏せた。
 豪雨に見舞われた7日深夜、登志美さんは、由美さんと由美さんの夫知己さん(54)、健太さんの計4人で車に乗り、氾濫した大分川の支流、花合野(かごの)川に車ごと流されたとみられる。知己さんは濁流にのまれた車から脱出して近くの木に登り「車が流された」と携帯電話で弟に連絡した。弟が119番したが、消防隊員が駆け付けた時には、現場に4人の姿がなかったという。
 健太さん、由美さん、知己さんはいまだ見つかっていない。健太さんは高校に進学せずに、旅館業を継いだ。登志美さんが苦手なインターネットで着物姿の女性の旅館公式キャラクターを作り、ツイッターなどを駆使して新規の宿泊客を呼び込んでいた。由美さんは年の離れた登志美さんと健太さんの仲を取り持ち、2人を支えていた。知己さんも建設会社で勤務しながら家族をまとめていたという。
 登志美さんは7日朝に親族に電話して「避難先からつるや隠宅に戻ります」と連絡していた。一度戻った旅館から再び避難所に戻る途中で悲劇は起きたとみられる。「明るくて、楽しいお酒を飲むのが好きな人。それがこんなことになるなんて」。親族は現実を受け入れられず声を震わせた。
 一家をよく知る近くの利光洋一郎さん(73)は「登志美さんが亡くなって残念だが、残りの家族は何とか無事でいてほしい」と声を振り絞った。【河慧琳、石井尚】

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