2020年7月10日金曜日

© 西日本新聞社 山あいの自然と風情漂う石畳道が人気の大分県由布市湯布院町の湯平温泉も、記録的豪雨で一変した。中心部を流れる花合野(かごの)川が氾濫し、護岸はえぐり取られ、脇に立つ旅館や住宅が損壊。避難中の4人が乗った車も、濁流にのみ込まれた。俳人種田山頭火が愛した湯治場は、コロナ禍からの再起を期していたさなかに深い傷を負った。
住民らによると、最も雨が激しかったのは8日午前0時前後。花合野川の濁流が護岸に打ち付け、川沿いの旅館は1時間ほど地震のように揺れた。あちこちで護岸が削られ、人が歩いて渡る二つの橋が流失。20軒ある旅館のうち3軒が損壊し、共同浴場も流された。
小野美智子さん(65)は7日夜、川を巨石がゴロゴロと転がる音で寝られなかった。8日午前1時ごろには、川に面した自宅裏口から浸水。みるみるうちに洗濯機や冷蔵庫が浮き始めた。「まさか自分の家が…。これから片付けないかん」と途方に暮れた。9日も昼から雨脚が強まり、高齢の住民らは避難所や高台などへと避難した。
9日に死亡が確認された渡辺登志美さん(81)は、湯平温泉で旅館「つるや隠宅」を家族で経営。湯平温泉観光協会の麻生幸次会長(51)によると、元々は鮮魚店を営んでいたが、30年ほど前に近くの旅館を買い取り経営を始めた。魚料理を売りにし、着実にお客さんを集めたという。
登志美さんは「とにかく陽気」。酒が好きで、お祭りなどでは歌って踊ったという。娘の由美さん(51)が後を継ぎ、娘婿の知己さん(54)は会社員として働きに出ていた。孫の健太さん(28)も約10年前から、旅館経営に携わっていたという。
4人は8日午前0時すぎ、旅館から避難所へと車で避難中に花合野川に流された。登志美さん以外の3人は依然、行方が分かっていない。麻生会長は「当時は地響きのような音がした」と振り返り、4人について「旅館にいるのがどうしても怖くて、出て行かざるを得なかったのでは」と思いやった。近くで商店を営む金子裕次さん(71)は「よく知っている人でショック。何よりもつらい」と唇をかんだ。
湯平温泉は新型コロナウイルスの影響で宿泊客が激減したものの、県の旅行支援事業などで7月には多くの予約が入り始めていた。豪雨の影響で旅館は今後1週間は営業できず、全体で計400~500人の予約を断らなければならないという。旅館「山城屋」の主人二宮謙児さん(59)とおかみの博美さん(52)は「地域還元の立ち寄り湯など、新しい取り組みを始めていた。今回も被害が出たが、それでも前を向きたい」と力を込めた。 (稲田二郎、井中恵仁

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