2020年10月27日火曜日

 読売新聞オンライン


10月27日 編集手帳


 スーパーの果物売り場がミカン色に染まっているのに気づいて、芥川龍之介の短編「蜜柑」を思い浮かべた。物語には芥川が自身を投影したかのような、神経質な男の見た情景が描かれる◆汽車に乗ると目の前に少女が座る。「私」は不快な視線を投げる。いらいらがなお強まるのはトンネルのなかで、少女が窓を開けたときのこと。汽車の吐き出す煙が入り込み、むせてしまう◆だが直後、少女が窓からミカンを放り投げた瞬間に心象風景は一変する。奉公先に赴く少女が線路のそばまで見送りに来た幼い弟たちの思いにこたえようと、親が持たせたかした果物を与えたのだと察したからだ◆芥川はこう描写している。<暖な日の色に染まっている蜜柑がおよそ五つ六つ…子供たちの上へばらばらと空から降って来た…私は思わず息をんだ〉。きらきらと日を受けて宙を舞うミカンの映像が浮かびませんか◆本紙に以前こんな小学生の詩が載った。<本を読むとわたしだけの/えいがかんがはじまる>。活字を心の中で映像に変換するのだろう。本は“て”楽しむものだと思うときがある。きょうから読書週間。

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