鮮烈な「音」想像超す臨場感
プロ野球が日、19日、開幕した。新型コロナウイルスの影響で約3ヶ月遅れ、当面は無観客で行われるものの、躍動する選手たちの姿がグランドに戻ってきた。学生時代、ソフトボールに打ち込んだ作家の木内昇さんが、伝統の巨人ー阪神の開幕試合をテレビで観戦し、原稿を寄せた。
プロ野球公式戦 初の無観客開幕
肝心なのは試合、球場、匂い、音だった。あんたはバットかボールを顔に近づけたことがあるかい? ニスの匂い、皮の匂い。それから観客、打球が遠くへ飛んだときに一体となって盛り上がる観客の興奮ーー。
映画「フィールド・オブ・ドリームス」の原作「シューレス・ジョー」で、トウモロコシ畑の球場にあらわれた伝統の名選手・ジョーはそう言った。
6月19日、プロ野球はついに開幕を迎えた。野球不足に息も絶え絶えだった私にとって、待ちに待った瞬間。そして公式戦では球史初の無観客試合である。日本の野球創設期に当たる明治の頃から、声援は球場に不可欠な存在だった。各校で本格的な応援歌が作られ、かの早慶戦は熾烈な応援合戦の挙げ句19年間の中断を余儀なくされた。果たして歓声のない試合はいかなる様相か、と巨人阪神戦のテレビ中継にかじりつく。
観戦に行く際、私はなるべく試合前のチーム練習から見るようにしている。まだ客はまばら、ためにブルペンで投げ込む音やフリーバッテイングの打球音、ウオーミングアップやノック時に選手達が掛け合う声もよく聞こえる。開幕戦も条件は似ていなくもない。が、そこは試合、意外な
、発見が多々あった。
菅野、西の両先発の好投によってしたこの試合、球種球速によってミットの音が大きく変化する様は、常時であればここまで聞き取れなかったろう。ストレートの破裂音、フォークやスライダーのバスドラムのような低音。また例えば三回表、阪神梅野のバットが折れた際の衝撃音、巨人中継ぎ中川が投球時に発したうなり声やプロ初打席で送りバント決めた湯浅の高揚感、ダッグアウトから飛ぶ選手達の声も含め、想像以上の臨場感をもって伝わってくる。対して四回阪神の攻撃、二死一、二塁で打者に糸井を迎えた場面では、菅野が投球までの間を置いたため静けさが強調され、緊張感がいや増した。
野球は、「間」のスポーツである。バッテリーは投手の調子や打者の状態を見極め、投球の間隔に微妙な緩急をつける。打者もまた、打席を外すなどして自分の呼吸を作る。静止し対峙するシーンが多いから、選手個々の思想も見えやすい。だから投手は内面を読まれぬよう表情を封じる。内野は目で連携の疎通をし、外野は打者によって繊細に守備位置を変える。今年はエキサイトシートとバックネット裏側前列に中継カメラが供えられ、一塁への牽制や内野の動きも別角度から見られたおかげで、選手たちの駆け引きがより伝わる気がした。
そう言えば以前、プロを引退した選手から聴いたことがある。「歓声はなにより力になりますが、ここ一番の場面では集中するせいか、音が掻き消える瞬間があるんです」。もしかすると無観客試合は、グラウンドに立つ選手に近い体験が出来る好機かもしれないーそんなふうに思って、球場で声援を送れない寂しさを慰めた。
「レフトの選手をよく見てごらん」トウモロコシ畑の球場に立つジョーを指し、主人公は幼い娘に語りかける。
「すぐれたレフトはピッチャーがどんな球を投げるか知っているし、バットの角度から、ボールがどこへ飛んでくるか、そして名人級なら打球の速さまで判断できるんだよ」
きうち・のぼり
1967年、東京都生まれ。作家。2011年に『漂砂のうた う』で
直木賞、14年に『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞などを受賞
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