2020年12月9日水曜日

 

12月9日 編集手帳

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 身近な生き物なのに猫は十二支にいない。釈迦しゃか入滅の「涅槃ねはん」図にほとんど姿がないことから、俳句で謎解きをした物理学者がいる。<ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず>。有馬朗人さんである◆これほどほほえましい句を詠む俳人であり、権威ある国際物理学賞を受賞した学者であり、東京大学の元学長で、文相と科学技術庁長官を務めたこともある。多彩な分野で活躍した有馬さんが90歳で亡くなった◆どんな地位にいようと偉ぶったところがない。気さくに真摯しんしに触れあってもらったと、交流のある人々が面影をしのぶ◆<友の死や雲の峯よりB29>。敗戦から75年の今夏、14歳の空襲体験を詠んだ。「戦争で軍事施設のみ攻撃されるなんてうそだ」と本紙に語っている。原子核研究の平和利用という信念が揺らぐことがなかったのは悲惨な戦争の痛みを胸に刻みこむからだろう◆青写真は冬の季語と教わった句がある。<青写真焼けば太陽と帆かけ船>。青写真とは昔の遊び、いわゆる日光写真のことで、感光し過ぎると真っ黒になる。冬の優しい日差しに気づく理科少年の心を持ったまま、有馬さんが逝った。

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