2020年9月6日日曜日

派手な理念より実務、政界一の仕事人・菅義偉の凄み 

紀尾井 啓孟

2020/09/06 11:00

自民党総裁選への出馬を発表した菅義偉官房長官(写真:つのだよしお/アフロ)© JBpress 提供 自民党総裁選への出馬を発表した菅義偉官房長官(写真:つのだよしお/アフロ)
9月14日の自民党総裁選は、菅義偉官房長官が圧勝する流れで進んでいる。細田派(98人)、麻生派(54人)、竹下派(54人)、さらに二階派(47人)、石原派(11人)の5派の支持に加え、無派閥の中堅・若手でつくる「菅グループ」(衆院14人、参院11人)を合わせると、単純計算で289人に達する。394人の衆参国会議員のうち、実に73%を固める盤石ぶりである。
 9月16日の首班指名選挙で第99代内閣総理大臣に就任するのは確定的である。このため、多数のメディアが首相就任を前提に菅氏の人物像や政治遍歴を熱心に報じはじめている。そうした中で、一部有識者や大手マスコミから「菅カラーがない」「外交ビジョンがない」といった指摘が出ている。これは誤解と言わざるを得ない。

個別具体の政策がすべて

菅氏の政策や理念、外交方針は9月5日に発表した主要政策のパンフレットやこれまでの言動から明白である。まもなく誕生する菅政権は、改革実行型のインパクトある政権になる可能性も秘めている。
 5日に発表された政策のキャッチフレーズは「自助・共助・公助 そして絆~地方から活力あふれる日本に!~」だ。
https://ameblo.jp/suga-yoshihide/entry-12622752975.html
 柱は「新型コロナ危機克服」、「縦割り打破なくして日本再生なし」、「雇用を確保 暮らしを守る」、「活力ある地方を創る」、「少子化に対処し安心の社会保障を」、「国益を守る外交・危機管理」の6本に絞られた。最有力首相候補が掲げる政策としては確かに地味ではあるが、石破茂元幹事長、岸田文雄政調会長の前のめりな、抽象的記載が散見される下記の「ビジョン」と比較すると、菅氏の政策はコンパクトで具体的で、地に足がついている印象がある。
<岸田ビジョン>「分断から協調へ」
https://kishida.gr.jp/cms/wp-content/uploads/2020/09/249a7ec6954340f6999d7bf077a41ae9.pdf
<石破ビジョン>「令和新時代の日本創生戦略」
http://www.ishiba.com/sousaisen/wp-content/uploads/2020/09/200901_A4chirashi_2.pdf
 菅氏は個別の政策に踏み込み、霞が関が反対する事案ほど政治家が取り組むべきとの信念を持つ。9月2日の出馬表明記者会見でも、携帯電話料金の値下げ実現、各省が別々に管理していたダムを洪水対策のために連携一体型で運用できるように改めたことを強調した。他にも、いずれも自身が主導した政策として、総務相時代に手がけたふるさと納税を筆頭に、日本産の農産物の海外輸出額倍増、訪日外国人観光客数の飛躍的増大、基地負担軽減に狙いを定めた大盤振る舞いの沖縄振興策なども“菅カラー”の一角を占める。
 公式ブログ「意志あれば道あり」には、「菅内閣」の方向性を占うための多くのヒントが眠る。2010年から月平均4~5本のペースで投稿しているブログは直截簡明で、官房長官に就任した後も欠かさずに更新している。スローガンやキャッチフレーズは抑制し、政策の意図とプロセス、結果について、数字を交えてつづっているのが特徴だ。
 今回の総裁選では、石破、岸田の両氏が凝りに凝ったポスターやビジュアル物を披露しているのに対し、菅氏は現代政治に不可欠の「イメージ戦略」には冷淡で、具体性で勝負している。安倍政権の政策を継承し、国民の経済活動が促進されるような環境整備を促進させることが「菅カラー」であり、それ以上でもなければそれ以下でもない。

安倍外交を支えた経験

菅氏は「親中派ではないか」「外交経験が皆無」などと言われがちである。興味深いことにこの手の言説は、安倍政権を支持してきた保守陣営の有識者に多い。あらかじめ言っておくと、菅氏は決して親中的とはいえないし、外交経験がないわけではない。
 例えば、安倍首相は中国、韓国、北朝鮮に対して歴代政権に類をみないほどの強硬姿勢を保ってきた。これを一貫して支えてきたのは菅氏である。また、安倍首相とトランプ米大統領との日米首脳電話会談37回のうち36回も同席したのは政治家では菅氏だけだ。
 象徴的な事例がある。2014年春から本格化した日朝協議だ。拉致問題の解決に向けた久しぶりの大きな動きであり、日本人拉致被害者の安否を含む再調査に向けた交渉が再開された。当時から岸田外相の存在は薄く、「実質的に対北外交を仕切っていたのは菅氏だった」(内閣官房関係者)。当時の北村滋内閣情報官(現国家安全保障局長)に北朝鮮との水面下の交渉を許可し、安倍首相の電撃訪朝を視野に入れた環境整備を主導していたのも菅氏といわれている。外務省の元高官は「2013年夏以降の外交事案の多くは、菅氏の意向を踏まえるのが省内では基本だった」と振り返る。
 菅氏は、外務、防衛両省に関係したポストと縁がない。英語ができるわけでもない。外交手腕が未知数なのは仕方がないだろう。ただし、それをもって「外交経験がないから不安だ」と言うのは乱暴だ。外相、防衛相を経験せずに首相に就任した人物は少なくない(佐藤栄作、田中角栄、竹下登らも未経験のまま首相に就任)。7年8カ月にわたって安倍外交に関わり、官邸主導外交のキーマンとして外交政策を現場で指揮してきた経験は評価されていい。
 緊密な関係にある二階俊博幹事長が「媚中派」だから、菅氏も「媚中派」だという見方も安易に過ぎる。集団的自衛権の一部行使容認を盛り込んだ安全保障法制を審議していた頃、中韓両国の批判的言論に政府側として対峙したのは菅氏である。国際社会で反日キャンペーンを張る両国の体質を熟知し、日々の記者会見で安倍政権としてのメッセージを送り続けてきた。中国では無名の存在という情報もあり、外交面では利害関係が少ない政治家であることがプラスに働くこともあり得る。


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