8月29日 よみうり寸評
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「サプライズ」という英語は今、当たり前のように日本の新聞に登場する。そう昔からのことではない◆2000年代に入り、小泉純一郎元首相が閣僚や自民党役員の人事で盛んにそれを演出した。「驚き」の日本語訳がなくても通じるカタカナ語として定着したのが、この頃だったかと思う◆小泉サプライズ劇場のハイライトに、当時49歳、衆院当選3回の安倍晋三官房副長官を党幹事長に抜擢 した17年前の人事がある。時代は移って昨年秋、今度は安倍氏が自分の内閣の一員に元首相の次男の進次郎氏を加えた。このときの紙面にも「サプライズ」の5文字が躍る◆その首相が自ら政権の幕を下ろすと表明した。国民に広がった驚きは在任中のどのサプライズも遠く及ぶまい。病状が心配されていたとはいえこれほど急な決断を何人が予想しただろう◆思えば東日本大震災後の国難のなかで誕生したのが第2次安倍内閣だった。コロナ禍という新たな国難の出口を見いだせないまま、歴史的な長期政権が後継にバトンを託す。
8月29日 編集手帳
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人間は食べて出すだけの一本の管である。だが悩める管である――とは、作家カフカの研究者として知られる頭木弘樹さんが“文学者と患者”両方の立場で発する言葉である◆頭木さんは大学生のときに突然、潰瘍性大腸炎を発症した。激しい痛みに襲われ、食事と排泄 という当たり前が、当たり前ではなくなる。朝起きて痛みがなければ、もうそれだけで幸福感に包まれた日々を近著『食べることと出すこと』(医学書院)につづっている◆“国の指導者と患者”その両方の立場から言葉が発せられたのが、安倍首相の退陣表明だろう◆持病である潰瘍性大腸炎が再発したためだという。万全の体調を維持できなければ、なぜ首相として政治判断を誤る恐れがあるのか。辞任理由がいま一つわかりにくいのは、どんなに痛いか、どれほど苦しい病であるかを語らないためかもしれない◆冒頭の頭木さんの言葉をかさねつつ、テレビ中継の記者会見をながめた。当欄では功罪をあれこれ述べる前に、まずはご苦労さまと申し上げておきたい。8年に近い歴代最長政権が唐突に幕を閉じ、政局があわただしく動き出した。
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