2020年7月8日水曜日

史上最年少タイトル獲得を目指す藤井聡太七段(時事通信フォト)© NEWSポストセブン 提供 史上最年少タイトル獲得を目指す藤井聡太七段(時事通信フォト)  17歳の高校生プロ棋士・藤井聡太七段の快進撃で、将棋が脚光を浴びている。7月9日の棋聖戦第3局で渡辺明棋聖(三冠)に勝てば、史上最年少のタイトル奪取となり、再び藤井フィーバーが起きるのは間違いない。そんな将棋界の人気ぶりについて、ジャーナリストの山田稔氏がレポートする。

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 藤井七段が絶好調だ。初のタイトル挑戦となった棋聖戦では、第1局、2局と渡辺棋聖に連勝し、タイトル奪取に王手をかけている。7月9日の対局に勝てば、タイトル獲得の史上最年少記録「18歳6か月」を更新することになる。
 藤井七段は木村王位との王位戦第1局にも勝利しており、今年中に二冠の可能性まで出てきている。藤井七段は2016年10月、14歳2か月で四段に昇段しプロ入りした。これも史上最年少である。それから4年も経っていないのに、早くもトッププロ棋士に肩を並べようとしているのだから、スゴイの一言である。
 レジェンド棋士たちの四段昇格時の年齢をみると、加藤一二三九段(引退)が14歳7か月、谷川浩司九段が14歳8か月、羽生善治九段が15歳2か月、渡辺三冠が15歳11か月だった。藤井七段の速さが分かる。
 現在、タイトル初獲得の最年少記録を保持するのは屋敷伸之九段。90年前期の棋聖戦(当時は2期制)で中原誠棋聖(十六世名人)を下した。18歳6か月だった。藤井七段は30年ぶりにこの偉業を打ち破ろうとしているのだ。
◆プロの養成所に入会できるのは一握りのエリートのみ
 プロ棋士になるためには、プロ棋士の養成機関である公益社団法人・日本将棋連盟の新進棋士奨励会(奨励会)に入らなければならない。そのためには毎年8月に行われる入会試験に合格することが必要となるのだが、この第一ステップからして難関だ。
 試験は一次と二次がある。一次試験は筆記と受験者同士の対局。ここをクリアして二次試験に進むと、今度は現役の奨励会員との対局と面接がある。ここで現役の奨励会員に1勝することが合格の最低条件となる。
 こう書くと「なんだそんなに大変じゃないじゃないか」と思われる方もいるだろうが、それが実は大変なことなのである。奨励会試験に臨んでくる受験者はといえば、小学生将棋名人戦など全国大会の上位入賞者ら強豪ぞろい。渡辺三冠、羽生九段らも小学生将棋名人戦のかつての優勝者だ。こうしたつわものを相手にするので、アマ五段程度の実力が必要と言われ、合格率は約3割という狭き門である。
 ちなみにトップ棋士たちは何歳ぐらいで奨励会に入会したのか。豊島将之竜王・名人は小学校3年生、渡辺三冠は小学校4年生、藤井七段は小学校4年生と、小学生段階で入会している。一方、奨励会の試験に落ちて下部組織の研修会で修業を積み、15歳で奨励会に編入したという棋士もいる。いずれにしてもトップ棋士の多くが早熟であることは確かだ。
◆年齢制限で「奨励会」退会の厳しいルール
 奨励会に入ったからと言ってプロ入りが保証されたわけではない。むしろ、ここからが試練の連続だ。
 まず、厳しい年齢制限がある。奨励会入会者の大半は6級からスタート。月に2回の対局日があり、既定の成績を収めれば昇級、昇段できる。最初の試練は初段になれるかどうか。「満21歳の誕生日までに初段になれなかった場合は退会」という非情の掟があるのだ。
 ここをクリアして二段、三段と昇段していくと、待ち構えているのが「三段リーグ」。約30人の奨励会員(三段)が参加するリーグ戦で、半年間に18局を行う(年2回)。2020年度前期は、9月26日の最終局までの長丁場を31人の会員たちがアツい闘いを繰り広げている最中だ。
 この三段リーグで上位2人に入ると晴れて四段に昇段し、プロ棋士となれるわけだ。昨年度後期、初の女性プロ棋士誕生の期待がかかった西山朋佳女流三冠は14勝4敗の好成績で上位3人が並んだが、前期の順位の差で3位にとどまり、惜しくも四段昇段を逃し、大きな話題となった。
 約30人の三段リーグ参加者のうち、四段に昇段できるのは半年でわずか2人のみ。ここでも、「満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれなかった場合は退会となる」という厳しいルールが存在する。せっかくあと一歩でプロというところまで来て涙を飲んだ会員は数多くいる。奨励会三段で退会後、将棋教室の講師やアマ大会で活躍している人たちも少なくない。ユーチューバーとして活躍している人もいる。
 中には、退会後に一念発起して、編入試験の資格を得てプロになった棋士も何人かいる。折田翔吾四段もその一人だ。
 奨励会を退会後にユーチューブに将棋実況動画の投稿を始め、アマ王将戦で準優勝し、銀河戦への出場権を得て、大会ではプロに連戦連勝で決勝トーナメントに進出。大会後もプロ棋士との対局に勝って直近の公式戦成績を10勝2敗として、棋士編入試験の資格を獲得し、プロ棋士と対局し、3勝1敗でプロ棋士編入を決めた。30歳でのプロ入りだった。
 奨励会入会時のハードルの高さ、入会後のレベルの高い対局、年齢制限、四段昇段枠の少なさ──。こうした厳しい環境からして「プロ棋士になるのは東大に入学するよりも難しい」と言われるゆえんだ。
◆プロ棋士の年収はどれくらいあるのか
 ここ数年はニコニコ動画やAbemaTVの生中継などでプロ棋士の露出機会が一気に増えてきた。7月9日の棋聖戦も生中継される。それだけ一般の人たちにとってもプロ棋士の存在が身近になり、近年は、将棋は指さないが観戦はするという“観る将”といわれる新たなファンが急増中だ。
 今はコロナ禍の影響でほとんど行われていないが、タイトル戦の前夜祭や将棋イベントには、開催地だけでなく全国各地からファンが集い、プロ棋士との触れ合いを楽しんでいる。すそ野は確実に広がっているのだ。
 そんな将棋ブームの中、プロ棋士たちはいったいどれぐらい稼いでいるのだろうか。
 プロ棋士の主たる収入源は対局料と大会での獲得賞金。そのほかに講演料や、テレビ出演、大盤解説、イベント出演、著作活動などによる副収入がある。トップ棋士たちの収入の目安となるのが、日本将棋連盟がサイト上に公開している「獲得賞金・対局料ベスト10」である。2019年の年間トップ10は以下の通り。
(1)豊島将之 竜王・名人/7157万円
(2)広瀬章人 八段/6984万円
(3)渡辺明 棋王・王将・棋聖/6514万円
(4)永瀬拓矢 叡王・王座/4678万円
(5)羽生善治 九段/3999万円
(6)佐藤天彦 九段/3687万円
(7)木村一基 王位/3209万円
(8)久保利明 九段/2178万円
(9)藤井聡太 七段/2108万円
(10)斎藤慎太郎七段/1868万円
 ちなみに対局料は、公開されているもので最高額は竜王戦の優勝賞金で4400万円。敗者は1650万円となっている。
 これらには副収入は一切含まれていないので、実際の収入がどれだけあるかは不明だが、年俸5億円、6億円といったプロ野球のトップ選手たちに比べると、桁がひとつ少ないように思えてしまう。賞金ランキング1位の常連だった羽生九段のここ数年の獲得賞金・対局料を見ても1億1900万円(2015年)というのが最も高い(過去最高は1995年の1億6597万円)。
 逆に言うと、活躍の場が少ないプロ棋士の収入は限られてしまう。現在約170人のプロ棋士がいるが、年収1000万円を超えているのは約1割程度といった記事も見かける。収入の少ないプロ棋士は将棋教室やイベントでの将棋指導などが貴重な収入源となるが、本業は棋士だけに日ごろの研究を怠るわけにはいかない。とにかく強くならなければ収入は増えない。そこは厳しい勝負の世界だ。
◆将棋界の未来を担う子どもたち
 表面上は華やかでも、プロ棋士となるまでも、なってからも厳しい日々が続く将棋の世界を見てきたが、藤井七段の大活躍などに触発され、プロ棋士を憧れる子どもたちは多い。
 将棋連盟が主催する「小学生将棋名人戦」の予選には毎年3000人以上の子どもたちが参加する。2019年大会は、全国各地での予選を経て、2019年4月に決勝大会が行われた。
 全国各地の小学生が参加する「テーブルマークこども大会」も人気の大会。2019年は6月から11月にかけ11会場で大会が開催された。11月の東京大会には2494人の子どもが参加。会場の幕張メッセには同伴者を含める5876人が来場した。筆者はこのときの低学年の部、高学年の部の決勝戦を観戦したが、とても子供とは思えないハイレベルな対局で、小学1年生の子が歩を巧みに操る見事な指し回しを披露。驚愕のシーンの連続だった。
 2019年のレジャー白書(15歳から79歳が対象)では680万人とされる将棋人口は、子どもたちを含めれば、その規模はさらに膨れ上がる。少子化が進む中でも、全国大会に参加して「未来の藤井」を目指すたくさんの子どもたちが今後の将棋界を支えていくはずだ。藤井七段だけでなく多くのプロ棋士たちに対局を通じて夢のあるドラマを展開していってほしいものである。

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