2020年8月30日日曜日

安倍首相の電撃辞任を受けた
金融市場関係者の「意外な見方」

安倍晋三首相は、8月28日17時からの記者会見で、辞任する意向を正式に表明した。首相の自民党総裁としての任期は、2021年9月末。首相の後継を選ぶ党総裁選の時期や形式は二階俊博幹事長に一任されたが、総裁選は9月に実施される見込みだ。

安部首相が辞任を表明する前の同日午後、「安部首相が辞任する意向を示した」との報道が金融市場に伝わった。日本の株式市場は、この報道に対し売りで反応。日経平均株価は一時2万22594円と、この日の高値(2万3376円)から800円近く下げた。
 為替市場では、辞任報道を受けて円買いの動きが強まった。ドル円は106円台後半から106円ちょうど近くまで下落。ユーロ円は126円台後半から126円ちょうど近辺まで下げた。株式市場にせよ為替市場にせよ、安部首相辞任報道で株高・円安というアベノミクス相場が終わったとの連想が働いたのだろう。
 興味深いのは、各種メディアに掲載された安倍首相の辞任報道に対する金融市場関係者のコメントだ。金融市場がアベノミクス相場の終焉を連想したにもかかわらず、彼らの多くは、「安部首相が辞任したとしても、日本株相場や円相場に大きな変化が生ずることはない」との見方を示した。一部からは、「辞任報道を受けた市場の反応は、新たなポジション構築のいい機会だった」との見方すら示された。
 安倍首相が辞任する意向を示したとはいえ、自民党総裁選の時期や形式すら決まっておらず、次期首相を確実に見通すことは誰にもできない。それにもかかわらず、日本株や円に大きな変化がないとの見方が多いのは、「次期首相による各種政策は、安倍政権下と大きく違うことはない」との期待感が強いからだろう。
 次期首相は当面、新型コロナウイルスや景気悪化に対応せざるを得ず、結果として次期首相は(誰であっても)独自色の強い政策を打ち出しにくい、との見方はもっともらしい。政策の継続性が保たれるのであれば、日本株相場・円相場ともに大きな変化は生じない、というロジックは合理性があるようにみえる。

期待に支えられた円高・株安
9月以降の相場は波乱含みに

しかし、9月以降の日本の金融市場は、コメントを寄せた金融市場関係者の期待とは裏腹に、非常に不安定なものになるだろう。
 安倍政権下での日本の金融市場(いわゆるアベノミクス相場)は、政策に裏打ちされたものではなく、市場関係者の「期待」という脆いものに支えられてきたからだ。有名なことわざである「幽霊の正体見たり枯れ尾花」を例にとれば、枯れ尾花(アベノミクス)がなくなれば、幽霊と思っていたもの(日本株高・円安)も感じられなくなる。
 安倍首相がアベノミクスを標榜したことをきっかけに、日本株は安倍政権下で3倍近くに上昇し、民主党政権時のように円高が続くこともなくなったのは事実である。そのためか、安倍政権が始まった2012年12月から2014年半ばくらいまで、アベノミクスが日本経済の改善を導き、日本株高や円安はアベノミクスの成果であるという見方は根強くあった。
 しかし、2014年半ば以降の日本経済は、アベノミクスを好意的に見る見方を裏切り、伸び悩むことになる。今となっては、数多くのエコノミストが指摘するように、金融・財政・成長戦略の3本柱で構成された(とされる)アベノミクスは、日本の実体経済を底上げする結果につながらなかったと総括されている。
 アベノミクスが日本の実体経済に貢献できなかったにもかかわらず、日本株の上昇や円高回避が続いた理由は様々だろう。筆者は、米国株の上昇という外部環境から生まれた追い風と、安倍首相を中心とする政権主要メンバーの株高・円安志向の強さへの期待が、日本株上昇と円高回避の主因と見ている。
 米国株上昇という追い風は、安部政権が終了してもしばらく続くだろう。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は27日、期間平均で2%のインフレ率を目指すと表明。インフレの下振れが続いた後には、物価圧力がオーバーシュートする期間を容認する可能性を示唆した。雇用の最大化に関しても姿勢を変更し、労働市場が上向く範囲の拡大を容認することになる。
 つまりパウエル議長は、従来容認していたよりも速いペースでの物価上昇と雇用の拡大を許容することを表明したわけで、その手段であるゼロ金利政策などの金融緩和策は、強化されることはあっても、縮小に転ずるのは相当先となる。FRBによる金融緩和の長期にわたる継続は、米国株相場を強力に下支えする。
 ただ安倍政権が終わったことで、アベノミクスも自動的に終了となる。たとえ政策に変わりはなくても、アベノミクスのシンボルである安倍首相が退陣する以上、アベノミクス期待が続くと見るのは無理がある。

政策の継続は希望でしかない
総選挙観測で潮目は変わる

政策の継続性が維持されるとの見方は、市場関係者による希望でしかないと、筆者は見ている。次期首相が誰になっても、安倍首相とは違う人物である以上、安倍首相と全く同じであると期待するのは無理がある。
 ましてや次期首相が、財政悪化や異次元金融緩和を過去に否定したことがある人物であれば、たとえ実際の政策が安倍政権下のものと完全に同一であっても、「増税や異次元緩和の修正をいずれ試みる」といった期待が生まれやすい。
 安部首相の退陣によって、衆議院の解散・総選挙の可能性が高まったことも、日本株相場・円相場の不安定材料となる。衆議院の任期満了は来年(2021年)10月と、1年1カ月しか残されていない。衆院解散は次期首相の判断によるものの、自民党とすれば、景気悪化が続く中、任期満了という追い込まれる形ではなく、新しい首相をかついで主導権を持つ形で総選挙を迎えたいと考えても不思議ではない。
 総選挙が近いとの見方が強まれば、アベノミクス相場が終了したことを外国人投資家にも印象付けることになるだろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿