2020年7月9日木曜日

銀座の人気和食店「銀座魚勝」の女将、茅島氏。現在は4丁目にあった魚勝を閉め、別の場所で料理人の夫とともに紹介制の和食店「㐂津常(きつね)」を営んでいる(編集部撮影)© 東洋経済オンライン 銀座の人気和食店「銀座魚勝」の女将、茅島氏。現在は4丁目にあった魚勝を閉め、別の場所で料理人の夫とともに紹介制の和食店「㐂津常(きつね)」を営んでいる(編集部撮影)  新型コロナウイルスの脅威で、外出を控える人が増えた結果、悲痛な声を上げているのが、飲食店だ。この事態で、飲食店では何が起こり、店主は何を思ったのか。銀座の真ん中で夫の柳橋克彦料理長とともに大衆割烹店「銀座魚勝」を営んできた女将、茅島ゆう子氏は、「飲食業界はもう二度と元には戻らないのではないか」とまで言い切る。

 5年後「生存率」が20%と言われる飲食店業界、しかも老舗がひしめく銀座で2015年2月から営業してきた同店は「弥左エ門いなり」でもよく知られる人気店。昨年12月にはよりカジュアルに和食を楽しみたい、というニーズを受けて4丁目にあった店舗を立ち飲みスタイルに業態を変更すると同時に、銀座の別の場所に、カウンター13席の紹介制の和食店「㐂津常(きつね)」を開いた。築地出身で、銀座の高級京おばんざい店で修業を積んだ柳橋氏が手がけるのは、オーソドックスだがしっかりだしを取るなどした手の込んだ和食だ。

1月下旬から客足が激減

 「手間暇かけた和食を、普段あまり和食を食べていない若い人や外国人にも楽しんでいただきたい」(茅島氏)というコンセプトの立ち飲み屋と、カウンターで和食を楽しむ㐂津常。開業5年目で新たな挑戦に踏み切った夫婦が“異変“を感じたのは1月末のことである。中国・武漢で新型コロナウイルス感染者が増え続けているという報道が盛んに出るようになると、立ち飲み屋の客足が目に見えるように減っていった。
 2月に入ると、さらに強烈な影響を感じることになる。2月15日から11日間、銀座三越の催事で出店した際、「エスカレーターから人が降りてこない。入り口が閉まっているのかな、と思ったほど」人が来なかった。「通常なら催事で完売する弥左エ門いなりが、3分の1近くにまで売り上げが減少。銀座は、不要不急の街なんだと痛感しました」。
 立ち飲みにした店の前にあったビルが工事中で、道路から丸見えになっていたため、「ウイルスを拡散する気か」と脅す電話がかかるようになったのが、2月末から3月初旬。安倍首相が、大規模イベントの自粛や小中高校の臨時休校を要請した頃である。
 3月になると、周辺の大企業が接待などの会食を禁じた影響で、予約がゼロに落ち込む。常連客がマメに顔を出すなどしてくれたが、そうした客も、3月29日に志村けんさんの感染による死去が報じられると来なくなった。
 営業が厳しくなった店が退去した空き店舗を、中国人がどんどん買っているという噂を聞き、「空き物件はほとんど、中国の方が押さえる。時代の流れだから仕方ないかもしれないけれど、古きよき銀座が姿を変えていくんだ、とゾッとしました」と寂しそうに話す。
 その頃は、銀座や新宿、浅草、六本木以外の街では、オフィスが通常営業してまだ大きな影響がなかったのか、周囲の人たちに不安や困難を話しても、なかなか理解してもらえなかったという。
 しかし、志村けんさん死去の報道で、ほかの地域の店も状況が似てきた。「みんな一緒だと心が落ち着いて、次の方向へと舵を切ればいいだけだと思えました。わかってもらえないことがいちばんへこんだので」と茅島氏。「ただ、今でもそうですけど、住民が多い町や乗換駅、もともと予約が取りにくい店はそれほどダメージがないようです」。

テイクアウト用に新たないなりを「開発」

 こうした中、4月中旬から弥右エ門いなりと、真空パックした料理の販売を開始。6月5日からスナックだったテナントを借りテイクアウト専門店とした。デリバリー、インターネットサイトを立ち上げての通販も始めた。いなりずしは1日20箱程度が売れていく。
 いなりずしはもともと、穴子と五目の2種類だったが、コロナ禍で価格が1.5倍ほどになった穴子の仕入れは難しくなっていた。豊洲市場では、高級食材のマグロ、カニ、エビ、アワビは安くなっているが、日常的に店で使うような魚は高騰しているという。
 「高級魚は料理屋が営業していないから売れない。一般の人はさばけないから、スーパーへは回せない。漁で獲るだけ損をしかねないから、漁師さんが漁を大きく減らしてしまいました。輸送費も、通販で物を買う人が増えた影響でトラックが足りず、高騰しました」(茅島氏)
 そこで別の具材の商品を開発。穴子の代わりに、以前から店で使用していた尾崎牛の「弥左エ門いなり 尾崎牛しぐれ」、8個2593円だ。尾崎牛は、宮崎県の尾崎宗春氏が独自の配合飼料で育てた牛で、肥育期間が通常より長い。茅島氏は「コクも甘みもあるのに脂の融点が低いので、胃もたれしないしアクも出にくい。年配の方でもおいしく召し上がっていただけます」と説明する。
 五目の代わりに開発したのは、「はぜる白ごま」1個139円(販売は2個以上から)。具材は白ごまだけのシンプルないなりずしだ。
 真空パック入り商品については、実は2年前からの蓄積があった。「おせちを作ってほしい」と客から要望があったが、おせちは通常、日持ちさせるために濃い味付けをする。しかし、濃い味にすると魚勝の味でなくなってしまう。そこで、「迎春おつまみセット」のような商品を開発し、季節ごとに出していくことにしたのだ。行楽弁当を依頼されたこともある。
 真空パック用に試作すると、変色するもの、水が出るものなど、真空パックに向かない料理もあり、開発は試行錯誤だった。そうした蓄積があったからこそ、今回テイクアウト向けの商品開発はすぐにできた。以前から店で人気があった「尾崎牛のぴり辛こんにゃく」「カキの山椒オイル煮」「納豆チャーハン」などのセットで、製造日から5日間もつ。
 ウーバーイーツにも登録したが、客の評価が集まった店が上位にくるサイトで、新規の自店は選んでもらいにくい。そこで、従業員の雇用を守るためもあって、2人体制でカーシェアを利用し、23区内で行き先の曜日を決めて宅配することにした。告知と注文はフェイスブックで行う。それ以外の地域は通販対応にした。朝9時に出勤して仕込みをし、午後1時から出発。店にいる2人は、片付けや精算などを行う。
 デリバリーを行ってわかったのは、いかに遠くから来店してもらっていたかだ。例えば練馬区大泉だと、銀座から20キロもある。遠方から来ていたのだから、外出自粛になると来られなくなる理由も納得できた。
 実際にデリバリーすると、道に迷うなど配達の素人として苦労した。区画ごとに細かく入り口やエレベーターが分かれている高級マンション内で、30分迷ったこともある。しかし、人気は高く、最大で1日12カ所配達した。通販では、「地方の両親に送りたい」という人や、来店したことはないが投稿を見て注文してくれた人もいる。
 デリバリーのスタッフが戻ってくるのが午後7時半や8時。9時に退勤。通常営業しているときより、3時間ほど労働時間が前倒しになった感覚だ。

家賃だけでも2カ所で100万円

 定番商品だけでは飽きられる、と他店とのコラボ商品も売った。会員制の別の和食店とコラボして自店が6品、相手が10品で2万円のおかず、おつまみなどのセット商品を出す。日本酒とペアリングをしたときもある。今後は、コロナ時代にうまく対応できずにいる、老舗の味を残す意図を含めたコラボも考えているという。
 飲食店への国の対応が進まないこと、対策が十分でないことは、テレビなどでもたくさん報道されている。実際、銀座魚勝への支援も足りない。何しろ、家賃だけで2カ所合わせて毎月100万円もかかるのだ。
 4丁目の店は6月に閉店したが、銀座の慣行で、退去予告は6カ月前に行う必要があるので、営業しなくても家賃だけは払い続けなければならなかった。値下げ交渉にも応じてもらえなかったため、緊急手段で保証金から償却してもらう形で工面した。一方、普段から付き合いがある㐂津常の大家は、家賃を半額に下げてくれた。
 東京都の感染拡大防止協力金は4月末に、国の持続化給付金は5月初めに申請済みだ。東京都のお金は6月に入ったが、国からは7月2日にようやく入った。申請書類は複雑で、4回も書き直している。「もちろん、税理士に頼めばすぐに書類を作ってくれますが、100万円程度のために税理士に頼んだら、手元にほとんどお金が残らないです」。日本政策金融公庫の新型コロナウイルス感染症特別貸付も申し込んだが、面談の順番がこない。
 そうでなくても、リニューアルで手元資金がなくなったところでのコロナ禍だ。知人に頼んで借り、しのいだという。4人の社員は解雇しないで済んでいるが、2~3人のアルバイトにはシフトを減らしてもらった。
 6月15日から通常営業を再開したが、満席にはしないで、1日1~2組のみを受け入れている。3面ある窓を開け、今まで大皿盛りで取り分けていたのを、1人分ずつ皿に盛る、アルコール消毒をするなどの対応はしているが、席数半分以下でも値上げをするわけにはいかず、経営が厳しい状況は変わらない。
 徐々に通勤する人が増えるなど都会に人は戻りつつあるが、茅島氏は「ハレ」の場でもある銀座の飲食店がかつてのような活気をすぐに取り戻せるとは考えていないという。実際、今でも多くの企業は会食を全面解禁していないうえ、高級クラブなどにも客足は完全に戻っていない。住宅地の飲食店に人出が戻っているからといって、銀座はそうとも限らないのだ。

周りの飲食店の助けにもなりたい

 今、構想しているのは、第2波が来るなど次の困難に向けて、急速冷凍機や真空パック機などをクラウドファンディングで資金を集めて買うことだ。「真空パックの料理を全国発送するための、地域のお店が利用できるパッキング・ステーションを作りたい」と茅島氏は言う。「何かやるなら声をかけてくれ」と言ってくれる店は多いという。
 「飲食店のビジネスは、5~8%しか利益が出ない薄利多売のもの。それでもやるのは、普通では会えないお客様と対等に話ができ、喜んでいただけるのがうれしいから」と茅島氏。
 これだけアイデアを絞り、対策を売って売り上げを確保している店ですら、営業が厳しい。コロナ禍が飲食店にもたらすダメージは計り知れないほど大きいのは明確だ。
 飲食店は、働く人の雇用を守る場であるとともに、利用する人の憩いの場であり、日々の食事をまかなう不可欠な場でもある。そこで人が交流することで、新しいビジネスや文化が生まれ、人間関係が深まる。そもそも食自体が文化である。たくさんの人が利用し、喜んでいた店をどうしたら守れるか。地域、国、そして消費者がそれぞれ守る方法を考えなければならない。そして、店舗も自らを守る方法を見つけ出す必要がある。もしかすると、そこから新しいビジネスの可能性が生まれるかもしれない。

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