医療ルネサンス
若い人の聞こえ<1>会話が聞き取れない
聴力には問題がなく、音は聞こえるのに会話が聞きとれない。こうした「聴覚情報処理障害(APD)」に悩む子どもがいる。
静岡県の小学2年まさき君(7)は、泣き声の大きい赤ちゃんだった。母親の翔子さん(38)は、2歳上の長女との違いに驚いた。3歳の頃、聞き返しや言い間違いの多さが気になった。
保育参観日。ざわつく部屋で、保育士が話し始めたが、まさき君は聞くそぶりを見せない。翔子さんが注意を促すと「先生は話してないよ」。「この時、違和感を抱いた」という。
聴力検査で異常はなかったが、自治体の「ことばの教室」に通い、問題点が明確になった。知っている言葉の数が少ない。絵本で何度も読み聞かせた「さるかに合戦」や「浦島太郎」の話を覚えていない。自分の名を「まちゃき」と言うなど、発音が直らない。
小学校入学前、翔子さんはネットでAPDの記述を見つけた。言語聴覚士の小渕千絵さんを栃木県大田原市の国際医療福祉大学に訪ねた。小渕さんは「まさき君はコミュニケーションは良好で、抱えているのはAPD症状だとすぐにわかりました」と振り返る。
APDで悩む人は「雑音の中で話が聞きとれない」「話が長いと途中でわからなくなる」「字幕がないとテレビの内容がわからない」などと訴えることが多い。
聴覚に関わる注意力や記憶力などの認知の偏りが背景にあるとみられている。判断にあたっては、他の病気の可能性を消していくことで、APDだとわかる。
まさき君が小学1年の7月、小渕さんは、送受信機の使用を提案した。学校で先生が送信機を首にかけ、まさき君が補聴器のような受信機をつけると、先生の声が直接耳に入ってくる。
栃木から静岡への帰路。東京駅で送受信機を試しに使ってみた。雑踏の中では普段、すぐ近くで呼んでも気づかないまさき君だが、翔子さんが送信機に「まさき」と小さな声で呼びかけると、「ママ、聞こえる、聞こえるよ」と反応した。
担任教諭は送信機をつけることに協力してくれた。すると、ドリルや設問の指示、給食のおかわりの仕方など、今まで聞こえていなかったことがわかった。まさき君は「学校が楽しい」と言うまでになった。
自分の聞こえ方の特徴もわかり、家では両親や姉に「静かにして」などと頼めるようになった。「小さいながらも葛藤があったんですね」と翔子さん。
送受信機の価格は20万円前後。全額自己負担のため、経済的理由で使えないケースもあるという。小渕さんは「学校生活では効果的な場合が多い。公的な支援制度が必要だ」と話す。
(このシリーズは全5回)
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