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最も混雑が予想されるのは、伊豆の「玄関口」にあたる熱海市のビーチだ。新幹線の停車駅でもある熱海駅周辺は首都圏からのアクセスがよく、毎年夏になると多くの観光客でにぎわう。
熱海市は6月25日の市長会見で、7月23日から海開きをすることを発表。例年の開放期間は51日ほどだが、今年は32日間に短縮する。
すでに千葉、神奈川、茨城の3県では、すべての海水浴場の開設を見送ることが決まっている。「市民やライフセーバーの安全と健康の確保を最優先に、開設は断念した」(千葉県・山武市の松下浩明市長)、「砂浜でソーシャルディスタンスを確保するための対策を講じるのが難しい」(片瀬西浜・鵠沼海水浴場組合の森井裕幸理事長)など、コロナへの安全対策が十分に取れないからだという。
そんな中、熱海市はどういった理由で海開きを決めたのか。
「一時は海開きを断念する議論もありましたが、当市は観光産業で成り立っているので、やはり海を閉じるわけにはいかない。海を目当てにした宿泊の観光客も多いので、海開きを中止すれば、市内経済の大きな打撃になってしまう」(熱海市公園緑地課の担当者)
だが、観光事業へのダメージはどの自治体にもある。他県の自治体が「難しい」と語った安全対策はどのようにするつもりなのか。
担当者によると、今年は「3密」回避のため、屋内に設けていた更衣室やコインロッカーを廃止にするという。ビーチの利用者を絞る狙いで、海岸沿いの駐車場の駐車可能な台数を制限する。また、全国的にも珍しい試みとして、メインの浜となる「熱海サンビーチ」には、人の流れを把握できる「AIカメラ」を設置。カメラがビーチ内に立ち入っている人の数を把握し、リアルタイムで「密な状況」を同市のホームページ上で閲覧できるようにするという。
だが、どの程度の人出になるかは予測できていない。
「関東の海水浴場が閉じてしまうので、まったく読めない状況です。7月の4連休で、状況を見極めたい」(同前)
4連休で想定を上回るほど混雑した場合は、運用を変えて対応するという。ただ、
「首都圏では感染者が右肩上がりに増えているので、緊急事態宣言の発出などがあれば、海を閉じざるを得ない」(同前)
伊豆地方でも海開きを見送った自治体はある。河津町には2つの浜があるが、うち1つの「河津浜」の開設を見送った。同町産業振興課の担当者は「今年は十分な数のライフセーバーを集められなかったため、見送った」と理由を話す。
例年、ライフセーバーの多くは首都圏の学生から集めているが、コロナ禍の今年は「越境」してまで住み込みで働くことをためらう学生も多い。そのため、「(ライフセーバーが減った分)期間と場所を絞って開催することで、安全を確保することにした」(同前)という。
市内に2カ所のビーチがある伊豆市は、例年よりも1カ月以上遅い8月1日から海開きを行うことにしたが、その理由も「ライフセーバー不足」だという。市の担当者によると、例年は550人前後のライフセーバーを集められるところ、今年は150人ほどに激減。その人数でも安全を担保できるよう、足の着く範囲に遊泳エリアを狭めるという。
感染対策については「砂浜が広いため、利用者間で十分な距離を保てると見込んでいる」(担当者)として、これまで通りの設備で開設するという。
ソーシャルディスタンスとされる「2メートル」四方の空間は、4平方メートル。同市が有する「土肥海水浴場」の浜の面積は約3万2千平方メートルで、ピーク時の利用者数の約5千人で割ると、1人当たりの面積は6.4平方メートルとなる。4平方メートル以上のため、十分な距離を確保できるという理屈だ。
ただ、担当者はこう本音を漏らす。
「感染リスクをゼロにすることはできません。それに当市はまだ感染者がゼロなので、もし海で感染者が出たら、市民の不安が大きくなるのではないかと心配です」
それでも海開きをする理由については、苦しい胸の内をこう語る。
「夏が一番の書き入れ時で、経済面を考えると、やはり中止にはしづらい。それに、伊豆半島の他の自治体が開いている中、土肥地区だけが開かないというのは、ネガティブキャンペーンになってしまう」
海水浴客は昨年の何割を見込んでいるのか。
「正直、現時点では何とも言えない。神奈川県が海開きを見送った分、流れてくるかもしれませんし、GoToキャンペーンが予想以上に盛り上がるかもしれない。はたまた外出自粛で人が少なくなるのか。予測は立てづらいです」
別の担当者も、「ふたを開けてみないと、どのくらい来るのかわからない」と漏らす。
「もしかしたら伊豆に利用者が殺到することにもなりかねない。もしクラスターが発生したら、風評被害も避けられないですし、それこそ壊滅的な痛手になる。コロナは“結果”で判断されます。何がベストな選択なのか、明確な結論が出ていないのが実際のところです。もちろん命を守ることが最優先ですが、休業すれば相当な打撃になる。夏の1カ月の売り上げで、ほぼ1年分を稼ぐような民宿もあります。『今は自粛』と口で言うのは簡単ですが、収束を待っていたら、経済が動かずつぶれてしまう。つぶれてしまっては、復活も何もないですから」(同前)
自治体も悩みながらの決断だったようだ。
この判断を専門家はどうみるのか。兵庫医科大学の竹末芳生主任教授(感染制御学)はこう語る。
「密接、密集の状況になれば、屋外でも感染は起こります。地元の人しか来ない浜など、密にならない場所ならいいですが、伊豆の場合は、東京方面からも多くの人が来るはずなので、混雑を避けるのは難しいでしょう」
浜辺が広ければ、感染リスクは避けられるのだろうか。
「多くの人は、砂浜でじっとしているわけではない。波打ち際まで歩く際や、シャワーを浴びるために列に並んだ時などに、感染リスクが生じます。浜辺で日光浴をする人も、熱中症の心配があるのでマスクをしない人は多いでしょう。浜辺で食事をとる人や、お酒を飲む人もいる。海という非日常の空間では、新しい生活様式の習慣がなくなってしまうので、クラスター発生の懸念はあります。また、海では手で口や目などを触る機会も増えるので、飛沫感染だけでなく、接触感染のリスクも高まります。本来なら、今年は海水浴は控えていただきたいですね」
コロナ禍という特殊な環境下での海開きには、「予想外」の事態も起こりうる。特に伊豆の各自治体は、市民の高齢者の割合が、全国平均と比べても高い傾向にある。感染リスクの高い市民の安全を確保しつつ、経済を回すことは可能なのか。「海」を観光資源とする各自治体は、難しいかじ取りを迫られている。(AERAdot.編集部・飯塚大和)
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