「被爆した祖父の人生語り継ぐ」…名簿を奉納した遺族男性
広島は6日、75回目の原爆忌を迎え、平和記念式典が開かれた。式典に初めて参列した被爆3世の高津良将さん(37)(広島市西区)は遺族代表として、原爆死没者慰霊碑にこの1年間で亡くなった被爆者らの名簿を奉納する役を任された。 名簿には4月に95歳で亡くなった祖父・善治さんの名前も記されていた。
75年前の朝、善治さんは爆心地近くの自宅で、朝食をとっている時に被爆した。割れた窓ガラスの破片が全身に突き刺さった。
戦後、文房具店を経営して多忙だった善治さんは、被爆体験について多くは語らなかった。ただ、「骨にまだガラスがくっついとるんじゃ」という言葉は高津さんの中で強く印象に残っていた。
10年ほど前から体調を崩しがちになり、高津さんが毎日のように身の回りの世話をした。入浴介助のたびに見た、左胸の小指大の傷痕が今も目に焼き付いている。「100歳まで生きようね」という約束を果たせず、亡くなった日は、高津さんの誕生日だった。祖父から何かのメッセージを受けたかのように思えた。
死後、遺体を
この日の式典には、善治さんの遺骨の一部と遺影を持参して臨んだ。大役を終え、高津さんは「精いっぱいの供養ができたと思う。祖父の人生をいつか自分も語り継ぎ、戦争の無意味さを伝えていきたい」と力を込めた。
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