2020年8月31日月曜日


[あすへの考]【マイクロプラスチック】プラごみ排出規制、考える時…九州大教授・磯辺篤彦氏56

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大学の研究室で無数のプラスチック片と向き合う日々。町役場職員だった父も科学好きだった。「子どもの頃、井戸の仕組みを確かめるために一緒に井戸を掘ったり、切った水道管にレンズをはめて月を観察したりしました。科学にも現場が大事と知る原体験だったかもしれません」=大野博昭撮影
大学の研究室で無数のプラスチック片と向き合う日々。町役場職員だった父も科学好きだった。「子どもの頃、井戸の仕組みを確かめるために一緒に井戸を掘ったり、切った水道管にレンズをはめて月を観察したりしました。科学にも現場が大事と知る原体験だったかもしれません」=大野博昭撮影
いそべ・あつひこ 滋賀県生まれ。1986年愛媛大卒。民間企業勤務を経て、94年九州大大学院総合理工学研究科助教授。2008年愛媛大沿岸環境科学研究センター教授。14年から現職。近著に「海洋プラスチックごみ問題の真実 マイクロプラスチックの実態と未来予測」(DOJIN選書)。いそべ・あつひこ 滋賀県生まれ。1986年愛媛大卒。民間企業勤務を経て、94年九州大大学院総合理工学研究科助教授。2008年愛媛大沿岸環境科学研究センター教授。14年から現職。近著に「海洋プラスチックごみ問題の真実 マイクロプラスチックの実態と未来予測」(DOJIN選書)。
 私たちの生活にくまなく浸透するプラスチックが、自然界では分解されないのをご存じだろうか。ポリ袋やペットボトルなどのプラスチックごみ(プラごみ)は海洋で細かく砕け、世界中を漂う。直径5ミリ以下のプラごみは「マイクロプラスチック(MP)」と呼ばれ、魚の体内からも見つかる。プラごみは、どうすれば減らせるのか。海洋プラごみの行方を追う九州大教授の磯辺篤彦さんに聞いた。(社会部 安田信介)河川から海へ。細かく砕け、でも絶対分解しない
 プラごみが砕けて5ミリ以下のMPに至る過程を知るにつけ、「自然っていやらしい」と思います。
 例えば、ポリ袋やペットボトルが路上に捨てられ、河川から海に出ます。それから、何日くらい海岸にとどまると思います?
 海岸に落ちているプラごみに数字を書き込み、3年半も追跡調査した研究者がいます。その調査結果によると、およそ半年です。いったん海岸から離れかけても、何度も波が押し戻すんです。
 プラスチックの強度は半年で半分に落ちると言われています。その間、紫外線にさらされ、波に洗われ、気温の変化などで傷んだプラごみは、急速に劣化が進み、さらに細かく砕けていきます。
 最終的にMPになるまでの時間はよく分かりません。ただ、さらに細かくなると、MPは浮力を失って沈み、海中の深いところを漂います。自然自身が、有害なプラごみを育んでいるようなものです。いやらしいと思いませんか?
 世界で年間数百万トンのプラごみが海に出ていますが、行方はほとんど分かりません。いわゆる「ミッシング(行方不明の)プラスチック」です。それを追いかけるのが僕らの仕事です。
 では、プラごみは生物にどのような影響をもたらすのでしょう。
 プラスチックはポリ塩化ビフェニール(PCB)などの有害物質を吸着する性質があります。水槽のメダカに有害物質を吸着させたMPを与え続けると、肝機能に障害が表れるとの指摘もあります。たとえ、有害物質が吸着しなくても、海水1トンあたりのMPが1グラム程度に達すると、生物への影響が出る可能性があると推測されます。実験室と現実の海は違うので明確には言えませんが、プラごみが増え続ければ、2060年代には大量のMPが漂う海が出現しそうです。
 ただ、MPが人体に有害という研究結果はまだありません。人は住宅のほこりなどの中でも生きているし、あまり神経質にならないほうがいいという意見もあります。
 この研究は分からないことだらけです。そもそも、計測・分析できるMPも、今は数十マイクロ・メートル(1マイクロ・メートルは1000分の1ミリ)以上のサイズでないと難しい。もっと小さければ検出すらできない。だから、最悪のシナリオは、既に海面が微細なMPだらけという想定です。逆に、海底に沈んだMPは地球に吸収され、二度と表に出てこない可能性もあります。
 僕は元々、海流の専門家です。プラスチックに興味を持ったのは、07年頃に長崎県の五島列島に出向いたのがきっかけでした。
 その頃、「海岸に漂着したごみがどこから来たのか」が問題でした。それをコンピューターによるシミュレーションで突き止めるシステムを作り始めたんです。
 現場を見に行ったら、ペットボトルや漁網などのプラごみが海岸をどかっと埋め尽くしていた。足元には小さいプラスチックの粒がいっぱい落ちている。
 漁船をチャーターし、海で網を引いてみました。一見すると真っ青な美しい海が広がっています。でも、10分ほどで、レジ袋らしきもののかけらや硬いプラスチックの破片が網にじゃらじゃら入ってくるんです。「これはエラいことになるな」と思いましたね。
 それで、他の海域も調べることにしました。プラごみは、瀬戸内海に比べ、海流のある太平洋や日本海の沿岸が10倍も多かった。
 プラスチックは、海に浮き、細かく砕け、でも絶対分解しない、地球の歴史上初めての物質です。100年以上も文明を支え、生活の隅から隅まで使われています。
 ただ、それが今、世界の海を漂い、生態系にも影響しかねない現実がある。海はどう処理するのか、しきれないのか。どこにたまっていくのか。そうした仕組みを一つずつ解明できると、変な話、わくわくもします。
 海のプラごみは減らさないといけない。でも、一気になくすのはほぼ不可能だと思います。
 難しいのは、プラスチックが一部の富裕層の贅沢ぜいたく品ではないことです。タイなど東南アジアの国に行くと、屋台の食べ物やジュース、あらゆる容器に使われています。安く衛生面を担保できる素材だからです。そこに先進国が「使うな」と言うのは、不潔な、快適でない暮らしを途上国に押しつける弱い者いじめのように感じます。
 日本のプラごみは年間900万トンです。分別して、焼却施設で処理しても、14万トン(1・6%)はどこかに漏れてしまっています。100%の管理は難しい。
 7月からレジ袋の有料化が義務づけられました。環境に優しく海中で分解される生分解性プラスチックや、植物由来のバイオマスプラスチックが注目されています。ただ、分解の経過やかかる時間など、分からないことも多い。
 結局、プラごみの排出量を規制するしかないと考えます。例えば、日本政府が「排出量を今の半分の500万トンに減らす」と決める。目標達成のためのアイデアを企業や消費者が出す。先進国として、「プラスチックに頼らなくてもこれだけ豊かな生活を送れますよ」というロールモデルを世界に示してほしい。
 むしろ、産業界にとってはチャンスかもしれません。プラスチックの代替素材ができれば、すごい市場になる。プラスチックのように頑丈で柔らかくて、安い上に、海水につけたら溶けてなくなる素材とか。夢がありますよね。こうした技術で、日本が世界をリードしてほしい。

太平洋側や瀬戸内海の海岸ごみはほとんど日本のもの

 災害が多発し、コロナ禍にも見舞われている今、日本でも多くの人がプラスチックのありがたみを感じているのではないでしょうか。
 「巣ごもり生活」中にケータリングを頼むと、清潔なプラ容器で食べ物が届く。災害で避難所にいれば、水や食料もプラ容器で提供される。でも、減らさなきゃいけない。プラスチックの価値とリスク、そして代替手段を考えるきっかけになってほしいと思います。
 プラごみの現状を若い世代に伝えることも大事です。
 私は、中学校や高校での講演で、「プラごみはみんなが出しているんだよ」と繰り返し言います。生徒からは「海岸のごみって海外から来てるんでしょ」「海でバーベキューやってる人が捨ててるんでしょ」との意見もありますが、これは誤解です。太平洋側や瀬戸内海の海岸ごみは、ほとんど日本のものです。100人はちゃんとごみ箱に捨てるでしょう。でも、1人がポイ捨てすれば、海に流れていってしまう。
 プラスチックは、地球温暖化の話に似ていると思います。僕ら科学者はなるべく早く、科学的な根拠に基づいて「何年までにどれくらいプラごみを減らさないとこんな未来になりますよ」と予測する。そして、地球温暖化を防ぐ国際的な枠組み「パリ協定」のように、世界の専門家の研究成果に基づき、国際的な政策や公約を構築していければいいと思います。
 メモ…米大学研究者らの2015年調査によると、10年には推定478万~1275万トンのプラごみが世界の海に流出し、うち日本からは2万~6万トンと予測。1位は中国で132万~353万トン、2位はインドネシアで48万~129万トン。上位10か国のうち5か国が東南アジアの国で、排出抑制が課題となっている。

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