2020年8月31日月曜日

コロナ回復者の血液にできる「抗体」、集めた血漿を使う「古くて新しい治療法」

 新型コロナウイルス感染症から回復した人の免疫力を治療に生かす戦略に注目が集まっている。回復者の血液には、新型コロナを攻撃する「抗体」ができており、それを活用した新薬の開発も世界的に進められている。(医療部 利根川昌紀、科学部 中居広起)

抗体が十分にある人の血漿を集める

 国立国際医療研究センター(東京都新宿区)は4月、回復した人から「血漿けっしょう」という成分を集める取り組みを始めた。事前の検査で抗体が十分にあると確認された人が対象で、提供した男性(37)は「自分の血液が治療に役立てばうれしい」と話す。
血漿  血液のうち細胞成分である赤血球や白血球、血小板を除いた液体成分。血液全体の約55%を占める。国立国際医療研究センターは、十分に抗体があると確認された回復者から、200~400ミリ・リットルを提供してもらっている。
腕に針を刺して取り出した血液から、血漿を提供する回復者(画像は一部加工。国立国際医療研究センター提供)
腕に針を刺して取り出した血液から、血漿を提供する回復者(画像は一部加工。国立国際医療研究センター提供)
 血漿を集めるのは、新型コロナに特化した治療薬がなく、既存の薬の効果も限定的なためだ。冷凍保存した血漿を今後、患者に投与し、治療効果や安全性を確かめる計画だ。研究責任者の忽那賢志・国際感染症対策室医長は「主に重症化リスクの高い人の治療に役立てたい」と語る。「効果があった」の報告も…有効性は慎重に判断
 血漿を使った治療は、感染症では古くて新しい治療法だ。SARS(重症急性呼吸器症候群)やエボラ出血熱などでも実施されている。医療機関で採取できて簡便なことから、新型コロナでも、今年初めから中国で実施され、重症患者の症状改善などに効果があったとの報告もあった。
 北里英郎・北里大教授(ウイルス学)は「決定的な治療薬がまだない過渡期に、治療の選択肢となる可能性はある」と話す。日本輸血・細胞治療学会の松下正理事長(名古屋大教授)は「海外から多くの報告があるが、有効性は引き続き検討していく必要がある」とし、慎重な立場だ。
 回復者の中には抗体が少ない人もおり、血漿にした場合に抗体の濃度が一定しないなどの課題も残る。こうした課題を解消し得るのが、血漿から抗体を取り出して精製した高度免疫グロブリン製剤だ。武田薬品工業は、米欧などの約10社との大規模な提携で製品化を急いでおり、近く臨床試験が米国などで実施される。

アメリカでは混乱も

 米国では、トランプ政権のてこ入れで回復者の血漿が大規模に集められ、科学的な効果を確かめる臨床試験が進まないうちに広く配布された。このため、8月、「効果がまだ確認できない」として、米食品医薬品局(FDA)が早期の承認を保留し、トランプ大統領が批判のコメントを出すなど混乱している。
 抗体については未解明な点も多く、本格的に調べる研究も始まる。横浜市立大は、回復者の血液中の抗体を半年ごとに調べ、どのくらい持続するか確かめる。9月から採血を開始する計画で、400人以上が参加を申し込んだ。研究代表者の山中竹春教授は「ワクチン開発のための情報や、地域の抗体保有率の把握などに役立つ可能性がある。研究には回復者の協力が欠かせない」と話している。

「人工抗体」の新薬に期待…ワクチンの代わりになるか

 より期待が高まっているのが、回復者の血液から特定の抗体を選び出し、コピーして作る「人工抗体」の新薬だ。
 新型コロナから回復した人は、様々な抗体を体に持っている。その中から、強力な作用のある特定の抗体を選び、人工的に作り出したものを「モノクローナル抗体」と呼ぶ。狙ったところにピンポイントで効くため、強力な抗体が見つかれば高い効果が期待でき、有効な抗体探しは世界的な競争になっている。
 抗体医薬に詳しい島根大の浦野健教授(病態生化学)は、「この15年ほどで開発技術は飛躍的に進歩した。副作用が少ないという特徴もある」と説明する。米科学誌「セル」のまとめによると、新型コロナでは7月末の段階で少なくとも40以上の人工抗体開発の取り組みがあり、8種が臨床試験に進んだ。
 米製薬大手イーライリリーは、米国立衛生研究所(NIH)などと協力し、回復者1人の血液から取り出した強力な抗体をもとに作った新薬候補を開発。今月、安全性や有効性を確かめる最終段階の臨床試験を始めると発表した。米国の高齢者施設の入居者やスタッフから最大2400人の参加者を募り、投与後4~8週間で感染や重症化を防げたかどうかなどを確かめる。
 ワクチンは、免疫の仕組みを刺激して自分自身が体内で抗体を作るのを助けるのに対し、人工抗体薬は外部で作製した抗体を体内に入れる。約2~4週間程度で量が半減するため効果は短いものの、臨床試験で良好な結果が得られれば、治療にも予防にも使える薬となる可能性がある。
 浦野教授は「ワクチンは接種してから抗体ができるまでに時間がかかる。モノクローナル抗体はすぐに効果を発揮するため、重症化や死亡するリスクが高い高齢者や、医療従事者などに対し、予防のために投与する意義はある」と指摘する。

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