集中治療後症候群<3>不安やうつ状態長期化も
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兵庫県丹波市の後藤ひろ子さん(71)は12年前、急に息苦しくなり、近くの総合病院を受診した。救急外来で心肺停止となり、集中治療室(ICU)に入った。診断は急性心不全。ICUで2週間過ごし、1か月後に退院した。体力は徐々に回復したものの、気分の落ち込みが続いた。 化粧品の代理店を営み、営業でお客さんを朝夕訪ね歩いては、おしゃべりに花を咲かせていた後藤さん。退院後、すべてがおっくうになった。日中はパジャマ姿で座っているか、寝転ぶか。食事をしても、食器を台所まで運ぶ気力がない。
電話がきたら「はい、はい」と生返事をして、すぐに切った。「性格が百八十度変わってしまったようだった」と振り返る。仕事の集まりは欠席し、外出は月1回の病院だけだった。
心不全は治り、ほかの検査でも問題はない。主治医に「どうですか」と聞かれても、「大丈夫です」と答えるしかなかった。実際は仕事だけでなく、料理や洗濯もできなくなった。「以前の自分ではない」と感じていたが、SOSの出し方が分からない――。
定年退職した夫が家事を引き受け、静かに見守ってくれたのが、救いだった。
転機は退院から半年後に訪れた。化粧品会社のイベントに強引に誘われ、大阪へ出かけた。久しぶりの電車やバス。キラキラ輝くメイクショーを見て、おなかの底から熱いものがこみ上げてきた。「大好きな仕事をもう一度頑張ろう」。そう思えた。
後藤さんは2年前、救急外来で世話になった井上茂亮さん(現神戸大病院特命教授)と再会し、苦しかった経験を初めて打ち明けた。ICU退室後、心身に様々な問題が起こる集中治療後症候群。この研究に取り組む井上さんは「後藤さんも、この状態に陥っていた可能性がある」と指摘する。
ICUで治療後、精神的な問題を抱える人は珍しくない。退室後3か月の患者を対象にした英国の調査では、4割以上に強い不安やうつ状態がみられ、2割強に心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがあった。1年後でも、この割合は改善せず、悪化する人もいた。
井上さんによると、病気や治療のストレス、ICU内の明るさや機械音で睡眠が妨げられることなどが原因と考えられている。睡眠障害は認知機能の低下にも関わっているとみられる。患者自身の記憶や感情を整理するため、日記形式で治療記録をつける取り組みなどが始まっている。
井上さんは「集中治療後症候群の治療には、家族の支えや社会とのつながりが重要になる。この病気への理解が広がってほしい」と話している。
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