▽駆け巡った入院情報
「安倍首相が体調悪化で入院するらしい」。情報が永田町を駆け巡ったのは16日だった。裏付けるように、首相は翌17日午前、車で慶応病院に向かった。入院はしなかったが、7時間半にわたり検査などの医療行為を受けた。24日も4時間滞在し、「前週の検査結果を聞き、追加的な検査を行った」(首相)という。
首相の健康不安が盛んに言われるようになったのは7月に入ってからだ。真偽は定かでないが、写真週刊誌「フラッシュ」が「執務室で吐血した」と報道。さまざまなメディアが「体がふらついていた」「歩く速度が遅くなった」などと報じ、首相の健康問題が一気に注目を集めるようになった。
今回の連続受診は「ふに落ちない」(野党幹部)部分が多い。首相はおおよそ半年ごとに人間ドックを受けているが、前回は6月13日で2カ月しかたっていない。17日は、日帰りの検診にしては滞在時間が長かった。潰瘍性大腸炎の治療のために急きょ病院に入ったとの見方が拭えない理由だ。
▽慶応病院に首相の医療チーム
そもそも潰瘍性大腸炎はどのような病気なのか。潰瘍性大腸炎は、大腸内側の粘膜部分に炎症が生じ、ただれや腫瘍ができることで、腹痛や下痢、時には血便にも苦しめられる病気で、厚生労働省が難病に指定している。安倍首相は中学生の頃からこの症状に悩まされ、第1次安倍政権での辞任の理由となった。
その後、抗炎症の有効成分を大腸全域に行き渡らせられる画期的な新薬「アサコール」が2009年に発売され、首相はこの薬を服用することで症状が大きく改善。12年12月の第2次政権発足以降は「アサコールを中心に、時には炎症の抑制効果が強いステロイド製剤も使い、病状をコントロールしてきた」(政府関係者)という。
首相の健康管理に当たってきたのは「慶応病院の主治医が率いる医療チーム」(同)だ。同病院関係者によると、首相の激務が続いたり、疲労が重なったりした時は、東京・富ケ谷の自宅や、休日などに通う六本木のスポーツジムで対応することもあったらしい。
▽受けたのは血液成分除去療法か
今回、安倍首相は病院でどのような診療を受けたのだろうか。官邸や病院サイドは17日分について「6月の人間ドックの追加検査を行った」とアナウンスしているが、永田町でこれを額面通りに受け止める向きは少ない。
先の病院関係者は、19日発売の週刊文春が詳細に報じたように「血液成分除去療法を受けていたのだろう」と話す。これは、点滴用の針で片腕から血液を取り出し、特殊な装置で炎症を引き起こす白血球成分を除去して、もう片方の腕に血液を戻す治療法だ。1回にかかるのは1~2時間、週に1、2回の頻度で5~10回ほど続けるのが通常のコースということなので、今後も継続的に治療を行うのなら1週間後の24日に再度病院を訪れたことと符合する。
気になる首相の病状だが、血液成分除去療法は効果のある治療法で、症状が治まる「寛解」状態に導くために実施する場合が多い。患者への負担は小さくないが、副作用が少ないとして「中から重程度の患者に割と推奨される治療法」とされる。
こうしたことから、首相の病状も「中等症か悪くとも重症との境界くらいではないか」と推測する。服薬だけでは寛解期を維持しにくくなったため、この療法で症状を緩和させようとしたのだろうとの見解だ。
潰瘍性大腸炎にはここ数年、効果の高い新薬が次々と登場している。自己免疫を強めて炎症の基になるタンパク質の働きを阻む抗体医薬品などは中~重症者向けで、首相にとっても治療の選択肢は広い。最新のバイオ技術を使った治験中の新薬候補も複数ある。病院関係者は「きちんと治療すれば首相の健康は回復する」という。
▽「これからも仕事に頑張りたい」
もちろん安倍首相が政権を維持できるかは、内閣支持率が低迷し、野党が手ぐすね引いて待ち構える中、自身の気力と体力が続くかどうかにかかっている。
首相は19日に公務復帰した際、官邸で記者団に「これから再び仕事に復帰して頑張っていきたい」と明言した。24日も「体調管理に万全を期して、これからも仕事に頑張りたい」と繰り返し答えた。19日以降に面会した関係者や、親しい記者らの問い合わせには「体調は大丈夫だ」と伝え、職務遂行に意欲を見せたという。
24日には、大叔父・故佐藤栄作元首相の連続在職日数2798日を抜いて歴代最長になったため、このタイミングで辞めるのではないかとの見方も与野党に広がった。自民党が25日の役員会を中止したことも辞任観測に拍車を掛けた。首相の進退は米国や中国、韓国の外交筋も注視しており、もはや「国際的な関心事」(外務省幹部)になっている。
だが、首相の出身派閥である細田派の中堅議員は「現時点で辞めることはないだろう」と辞任論を打ち消す。二階派ベテラン議員も「ここで辞めるなど、そんなばかなことはしない」と言い切る。「コロナの感染拡大が止まらず、経済の回復がままならない中、いま退くわけにいかないと思っているはずだ。米中関係の緊迫化もある」と心中をおもんぱかる。
先の外務省幹部も米中関係の悪化について言及した。経済問題だけでなく、南シナ海問題や香港情勢、台湾問題で両国が対立を深めれば「日本の安全保障にも関わってくるため、政権の継続は望まれるだろう」と語る。
公務に戻った19日、首相は滝沢裕昭内閣情報官、防衛省の岡真臣防衛政策局長と納冨中情報本部長から「諸情勢」(政府関係者)について説明を受けた。21日には島田和久防衛事務次官を呼び、北村滋国家安全保障局長とは3日連続で顔を合わせた。日米防衛相会談を29日に米領グアムで開催することも決まった。
▽9月人事を行えるか
それでも安倍首相の体調次第では、政権は行き詰まるしかない。コロナ対応に加え、年内の国会承認を目指す日英貿易協定もあり、10月には臨時国会の開会が見込まれている。ここで国民民主党との合流で140人超へと拡大する立憲民主党が政権との対決姿勢を強め、首相を厳しく追及するは必至だ。
その前の9月には、首相にとって最後になるとみられる内閣改造と自民党役員人事が予定されている。実力者をそろえた「挙国一致内閣」で政権の態勢を立て直し、求心力を高めて臨時国会に臨むのだろうが、野党の追及に耐えられそうにないとなれば、秋の人事も行わない。すなわち、首相は辞任を決断することになる。
自民党内には「首相が辞めれば、政権の継続性の観点から『菅・二階管理内閣』となり、菅氏が来年9月までの安倍首相の残り任期を務めることになる可能性が高い」(閣僚経験者)との声が早くも出る。その方が「首相の影響力も残る」(同)との指摘もある。
はたして安倍首相は9月の人事を自らの手で行うのだろうか。その判断はそう遠からず下されるはずだ。政権への執念を見せるのか、それともここが潮時と見定めて道を譲るのか。「安倍首相辞任」という「Xデー」が来るのかどうかは、まもなく分かるだろう。
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