2020年7月19日日曜日

曇りの日の川越市(画・安住孝史氏)© NIKKEI STYLE 曇りの日の川越市(画・安住孝史氏) 夜のタクシー運転手はさまざまな大人たちに出会います。鉛筆画家の安住孝史(やすずみ・たかし)さん(82)も、そんな運転手のひとりでした。バックミラー越しのちょっとした仕草(しぐさ)や言葉をめぐる体験を、独自の画法で描いた風景とともに書き起こしてもらいます。(前回の記事は「たまたま乗せた客が顔見知り その時タクシー運転手は」)
新型コロナウイルスのことで心が休まらない日が続いていますが、2020年も半年過ぎました。コロナ禍が少しでも早く去って元の平穏な日々を取り戻したいものです。
ウイルス感染を避けるため、電車の代わりに自転車で通勤したり、場合によってはタクシーを使ったりする方もいるようです。これらはタクシー乗車の理由がはっきりしていますが、運転手をしていると、乗車の理由が変わっていたり、想像がつかなかったりするケースに出くわすことがあります。私も不思議な経験をしました。
■日比谷交差点で「帝国ホテルへ」
皇居の東側を南北に走る日比谷通りを走っていると、ちょうど日比谷交差点のところで男性に呼びとめられました。行き先は「帝国ホテル」です。「えっ」と私が驚いたのは、帝国ホテルはその交差点からまっすぐ歩いて5分とかからない距離だからです。東京に不慣れなお客様かと思い、念のため「すぐそばですが」と聞きますと、それはご存じとのこと。そして、乗るとすぐに初乗り料金を渡してくれました。
帝国ホテルの玄関に寄せますと、礼儀正しいドアマンのお迎えです。お客様は軽く会釈して入っていきました。ドアマンの前で料金のやりとりも見せていませんので、遠くから帰ってきたようにみせたい事情があったのかなとも思いましたが、ただ見栄(みえ)をはっただけかもしれません。このようなタクシーの使い方もあるのかと、変に感心したのを覚えています。
目と鼻の先の距離なのにタクシーを使われたお客様はほかにもいます。JR御徒町駅のガード近くで男性が「すぐそこを曲がって昭和通りに入って」と乗ってこられました。昭和通りまで100メートルくらいだったでしょうか。びっくりしたのは、曲がるとすぐに「ここでいいよ」と車を止め、急に慌てたような様子になって降りていかれたことです。後から考えると、急いで駆けつけたようにみせる演出だったような気もしました。
こんなこともありました。東京・銀座で夜のお店の仕事がハネる時間帯のことです。他の車両と並んでお客様を待っていると、僕の順番でアベックが近づいてきました。2人で乗るのかなと思いましたが、男性は見送りで、どうもお店の女性と常連客の関係のようです。
男性は「運転手さん、中野まで送ってあげて。おつりはこの女性に渡してくれればいいから」と1万円札を僕に差し出しました。それで「はい」と返事をして走り出しますと、女性が「有楽町駅で止めて」と言います。有楽町駅まではワンメーターです。1万円近いおつりを手に電車で帰宅すればお得と考えてのことでしょう。銀座ではたまにあることで、運転手もすぐに元の場所に戻れますから、損は感じません。僕は「気をつけて」と声をかけ、後ろ姿を見送りました。
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