この年の山梨は、都留・小林雅英、山梨農林・網倉雅人、山梨学院大付・牧野塁の3投手が“三羽烏”として注目を集めていたが、いきなり開幕試合で、小林vs網倉のライバル対決が実現した。
ところが、試合前に行われた開会式で、4番目に入場行進を行った都留の背番号1は、明らかに小林とは別人。小林がいないことに気付いた農林側は、開会式終了後、県高野連の篠原滋美会長に抗議した。篠原会長は当初「背番号1なので、(登録されている)小林選手以外の選手は考えられない」と否定的な見解だったが、試合開始直前に農林側が再度抗議すると、都留側も“替え玉”の事実を認めた。
同校の長田敏夫監督によれば、「開会式直後から開幕戦まで約30分しかないため、小林投手には室内の投球練習場でウォーミングアップをさせていた。暑い中の開会式は疲労が出ると思い、万全で登板させたかった」というのが理由だった。また、この試合に勝った場合、日程の都合で早くも翌日に2回戦の試合が組まれていたことも、「体力を消耗させたくない」の思いに拍車をかけたのかもしれない。
だが、網倉を入場行進に参加させた農林側としては、当然収まらない。「開会式終了直後に試合をする条件は同じ。身代わりを出してまで勝ちにこだわるのは、フェアではない」と批判した。もっともな言い分である。
最終的に高野連は「開会式とゲームは別」という判断から、大会規定に抵触する行為とはせず、都留側に「今後二度とこうしたことのないように」と厳重注意し、農林側に謝罪させたうえで、両校に納得してもらった。
渦中の小林は、試合前にそんなトラブルがあったにもかかわらず、延長12回を6安打7奪三振で完封し、勝利投手に。後にロッテの守護神としてチームを日本一に導いた“幕張の防波堤”は、高校時代から強心臓の持ち主だった?
今度は同じ開会式でも、勘違いによる遅刻が原因で、チーム全員が入場行進できなくなった話である。
91年の岩手大会は、7月17日に予定されていた開会式が雨で順延になり、翌18日も朝から雨がぱらつく悪天候だった。
盛岡市まで車で約1時間半の一関市にある花泉ナインはこの日、開会式に備えて午前6時45分に学校に集合。中止か決行か微妙な空模様だったため、吉田誠一監督がNTTの高校野球テレホンサービスに電話して確認したところ、「雨で順延」の音声が流れた。
そこで「2日続けて順延」と思い込み、予約していた移動用バスをキャンセルしたが、実はこのテープは、前日に録音されたもので、この日の情報はまだ更新されていなかった……。
その後、テレビのニュースで予定どおり開会式が行われることを知り、慌ててタクシーを呼んで盛岡市の県営野球場に急行したが、すでに式は後半に入っており、他のチームは入場行進を済ませて整列したあと。結局、花泉ナインはグラウンドに入場することができなかった。ちなみに同日は、11試合中7試合が雨で中止になっており、最後まで悪天候に振り回されっぱなしだった。
開幕早々とんだミソをつけて、選手たちはガッカリしたが、「逆に目立ち、勢いがついた」と闘志を新たにすると、初戦の軽米戦を7回コールドの8対1と大勝。禍を転じて福と為した。
なお、この事件の反省から、NTTは以後、テープに「〇月〇日」と日付も録音することになった。
9回1死までノーヒットノーランを続けていた投手が、まだ十分投げられるのに交代させられる珍事が起きたのが、83年の群馬大会3回戦、前橋工vs伊勢崎商だ。
前橋工のエース・渡辺久信は初回、先頭打者の宮下茂夫に右前に打たれたが、黒沢康弘が素早く一塁に送球し、ライトゴロでアウト。このプレーで一気にテンションが上がり、以後、1本も安打を許さない。許した走者は四球の2人とエラーの1人だけだった。
そして、5対0とリードし、ノーヒットノーランまで「あと2人」となった9回1死、なんと渡辺久は、一塁を守っていた渡辺和彦にマウンドを譲ると、代わって一塁の守備に就いた。「高校野球に個人記録は不必要」というベンチの指示に従ったのである。
狩野学監督は「もっと早く代える予定だった」そうだが、初回に1点を先制したあと、チャンスを併殺で潰したり、相手の好守に阻まれるなど、なかなか追加点を奪えなかったことから、継投のタイミングが遅れたのだという。主将を務める渡辺久も「チームワーク優先だから」と納得しての降板だった。
リリーフ・渡辺和は後続2打者を三振、二ゴロに打ち取り、2投手の継投によるノーヒットノーランが達成されたが、チームは決勝の太田工戦で渡辺久が押し出し四球を許してサヨナラ負け。あと1歩で甲子園を逃した。
プロ入り後、渡辺久は西武時代の90年5月9日の日本ハム戦でも9回まで無安打に抑えながら、味方の援護なく、延長11回に初安打を許し、またしても快挙ならず。96年6月11日のオリックス戦で、ようやく“三度目の正直”のノーヒットノーランを達成している。(文・久保田龍雄)
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