突然やってくる酷暑に
低所得層は対応できるのか
日本に豪雨災害をもたらした長い梅雨が明けたとたん、猛暑が続いている。熱中症による救急搬送も増加している。とはいえ、全国で過去最多だった2018年(救急搬送は約9万5000人、死亡160人)、第2位だった2019年(救急搬送は約7万1000人、死亡126人)と比べると、今年は少ない印象だ。6月1日から8月16日までの搬送人員は、昨年が約5万人だったのと比べ、今年は3万5000人となっている。しかし、今年は梅雨明けが遅かったということを忘れてはならない。
熱中症に関する総務省のデータを見る限り、全国の多くの地域で、今年の夏は7月20日の週に熱中症禍が前触れを見せ、8月3日の週から本格的にやってきた。7月20日~26日、7月27日~8月2日に熱中症で救急搬送された人は全国で3000人前半だった。しかし8月3日~8月9日は6664人、8月10日~8月16日は1万2804人と急増している。
8月10日~8月16日に限ると、2020年は前年と比べて「激増」となっている。2019年の同期間に救急搬送された人は7639人だったが、2020年は1万2804人だ。気温が高いだけではなく、夏の高温がいきなりやって来たことによる影響も大きそうだ。
年齢区分でいえば、65歳以上の高齢者が多い。6月1日~8月16日の2カ月半の合計では、全国で救急搬送された約3万5000人のうち、約60%にあたる約2万1000人が高齢者であった。これは、毎年おおむね同じ傾向である。
しかし、8月10日~8月16日は様相が異なっている。この週は全国的に、真夏日または猛暑日となる地点が多かった。また、通常は高温にならない地域での高温化が見られたことも特徴の1つである。
たとえば北海道網走では、この期間の最高気温はおおむね18℃~29℃で推移しているのだが、8月11日だけは36.5℃となっている。高温への備えも慣れもない地域が、その日だけいきなり高温に襲われているのだ。正直なところ、「個人では備えようがない」と感じる。少なくとも、おおむね「冷涼」または「寒冷」といえる地域で暮らす低年金高齢者や生活保護で暮らす高齢者に対して、「1年に数回はあるかもしれない酷暑の日のために、あなたの住まいにエアコンの設置を」と働きかけることに、現実味があるとは思えない。
それに加えて、よりによって今年はコロナ禍が重なり、夏が来る前に医療機関や介護事業者の余力が失われている。ホテルを避暑の場として活用することも考えられるが、コロナ禍によって宿泊施設の倒産が増加すれば、その選択肢も消滅するだろう。
酷暑がもたらした
「公費でエアコン」という可能性
酷暑だった2018年7月、生活保護で暮らす札幌市の女性が自室で熱中症のため死亡した。部屋には冷房装置があったのだが、女性は料金滞納により電力供給を止められていた。しかし、この悲劇の年に「低所得なら公費でエアコン」という可能性が開かれた。もともと、この年は夏の酷暑が予想されていた。厚労省は6月に課長通知を発し、一定の条件を満たす場合、エアコン設置費用(上限5万円)を支給することとした(生活保護問題対策会議による解説)。この「一定の条件」の範囲は非常に狭いのだが、該当しない場合でも、社協の貸付を利用してエアコンを取り付けることが可能である。
福祉事務所のケースワーカーたちには、「エアコンを設置できる」という情報が周知されにくかったため、厚労省は8月2日に事務連絡を発して周知の徹底を要請した。しかし結局のところ、実質的に利用できない制度は、タテマエを繕うための飾り物のようなものだ。
翌年の2019年になっても、「エアコンを設置するために、社協の貸付の利用を拒む担当者との粘り強い交渉が必要だった」という事例が散見された。当事者の熱意や気力、専門知識と権限を持つ支援者の手助けなどがなければ、実質的に「諦めるしかない」ということになる。
経済的な事情により、家計のやりくりによってエアコンを設置することが困難なのは、生活保護世帯だけではない。地方には、「車か生活保護か」の二者択一を迫られて生活保護を断念している貧困世帯が珍しくない。
また、「どうしても生活保護だけはイヤ」という低年金高齢者もいる。そのような人々を放置しておくかどうかは、自治体の姿勢による。放置しておくと、低所得層から生活保護世帯への憎悪を効率的に掻き立てることができるだろう。
今年はコロナが行政を圧迫
置き去りにされる低所得層
2018年、東京都荒川区と福島県相馬市は、低所得によりエアコンなしで酷暑をしのがなくてはならない世帯の救済を図るため、エアコン設置費用の助成を独自に開始した。荒川区の熱中症による死者は、2018年は16人であったが、2019年は0人となった。その後、同等の助成制度が全国各地に広がっている。しかし今年は、コロナ禍が行政を圧迫している。福祉事務所も生活困窮者自立支援制度の相談窓口も社協の窓口も、過去には考えられなかったオーバーワーク状態となっている。申請や審査を必要とする制度の迅速な適用は難しい。
もちろんコロナ禍は、生活保護世帯を含む低所得層の人々の生活も圧迫している。マスクや衛生用品など、購入する必要がなかった物品を購入しなくてはならなくなった上、生鮮食料品を中心に物価上昇も著しい。就労収入があったものの、コロナ禍で減少したり失われたりした人々も多い。
もともとギリギリだった生活費のやりくりが厳しくなり、数多くの変化への対応を迫られる毎日は、エネルギーを削いでいく。やっとの思いで役所を訪れると、窓口にも余裕がなかったり、緊急性の薄そうな案件の対応が後回しにされたりする。2019年にエアコン設置費用を申請できなかった生活保護世帯にとって、2020年はさらに申請が困難になっているはずだ。
現在のところ、筆者の直接知る生活保護世帯に、エアコンがないために熱中症で深刻な事態に陥った事例はない。試行錯誤と経験から身につけてきた、「酷暑の日に扇風機を使うと水分が奪われやすく危険」といった知恵を駆使し、なんとか生き延びている。しかし、最高気温が38℃なら通用する知恵が、40℃でも通用するとは限らない。皆、エアコンの必要性は感じているのだが、申請のハードルを乗り越えられないのだ。
おそらく、どのような変化があっても生命と健康と生活を守れる仕組みと、その仕組みを実行できる公共が必要なのだろう。
電気代を払えなければ
エアコンは「ただの箱」
そして、エアコンがあれば「一件落着」というわけではない。電気代がなければエアコンは使えない。しかし現在のところ、夏の冷房に関する費用助成は存在しない。2020年2月29日に公開された、大阪市の「お寄せいただいた市民の声」には、早くも夏の生活保護の暮らしを危惧した意見が寄せられている。
病気のため生活保護で暮らし始めて2年目になるという投稿者は、「冬の期間は暖房費が支給されていますが、夏の冷房費の支給がありません」「生活保護者に冷房は贅沢と言うなら議論は不要ですが、実際に暖房より経費が掛かります」「市議会で冷房費の是非を議論してもらえないでしょうか」という。
大阪市の回答は、「独自の基準を設けるなど、地方自治体の裁量の余地はないものとなっています」と素っ気ない。ふだん、生活保護にかかわる費用を削減する場面での大阪市が、いかに厚労省方針に反し続けているかを知っている筆者としては、「裁量の余地を発揮するところが間違っている」と叫びたくなる。しかも、冷暖房費に関する独自裁量の前例が、北海道の「薪炭費」という形で存在する。
生活保護世帯で冷暖房の電気代がかさむ理由の一つは、住環境にある。生活保護の家賃補助の範囲で選べる住まいが「一定の断熱性能が期待できる、築年数せいぜい20年以内のマンション」であることは、滅多にない。その住まいで、高性能でも省エネタイプでもないエアコンを使用するのである。
生活保護世帯に冷暖房費用を聞くと、高額であるため驚くことが多い。しかし詳しく聞くと、夏は暑く冬は寒く隙間風が吹き込む住まいで、1990年代に製造された「National」ブランドのエアコンを使用していたりする。夏の昼間、耐え難い時間帯に少しだけ使っているエアコンの電気代だけで、1ヵ月あたり5000円を突破したとしても、当然なのだ。
夜間は「気温が下がるからエアコンは使用しない」という人々も多い。しかし、寝ている間に熱中症に罹るというパターンもある。朝、室温が上昇して体調の変化に気づいてからエアコンを稼働させても、「時、すでに遅し」ということもある。
「健康で文化的な生活」を可能にする生活環境とは、どのようなものなのだろうか。「最低限度だけど、健康で文化的な生活が保障されている」とは、どのような状況を指すのだろうか。残暑と来たる冬、そして来年の夏のために必要なのは、冷静な国民的議論であろう。
(フリーランス・ライター みわよしこ)
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