2020年8月24日月曜日


        8月24日 よみうり寸評 

 生物の行動原理に自分の遺伝子を残すことがあるといわれる。人間の場合、話はそう単純ではないらしい◆自分のミーム(模倣子)も残したいと願っている――英国の生物学者リチャード・ドーキンス博士の説という。著作を翻訳した動物行動学者の日高敏隆さんの随筆によれば、ミームとは〈自分の作品、仕事、自分の名、いうなれば自分の存在したことの証である〉(「人間の領域」)◆すぐれて人間らしい欲求なのかもしれない。レガシー(遺産)を残したいと為政者が望むことが、である◆安倍首相が連続在職日数の最長記録を塗りかえた。憲法改正、北方領土返還、拉致問題解決…思い描いたレガシーを残せる見通しが立たないままの金字塔樹立に、焦燥感もあろうかと推察する。この先も日々記録は更新され、その分、持ち時間が消えてゆく◆〈重い荷物〉。コロナ禍からの経済再生という政権の課題を、朝刊の記事はこう表現していた。重荷も克服すればレガシーたりうる。などと考えるのは楽観的に過ぎようか。

          8月24日 編集手帳


 オスマン帝国が19世紀に建設した。トルコ・イスタンブールの海辺に優美な姿を見せるドルマバフチェ宮殿は、今は観光名所となっている◆見所の一つに、午前9時5分で止まったままの時計がある。1938年11月10日に、トルコ共和国の初代大統領ケマル・アタチュルクがこの宮殿内で死去した時間という◆アタチュルクの意味は「父なるトルコ人」。第1次世界大戦でイスラム国家だったオスマン帝国が敗北した後、国家存亡の危機を乗り切り、近代化を進めたケマルに贈られた。キリスト教を奉じたビザンツ帝国が創建し、オスマン帝国がイスラム教のモスクとしたアヤソフィアを博物館としたのも、世俗主義を国是としたアタチュルクだった◆エルドアン政権が、アヤソフィアを再びモスク化して1か月となる。礼拝中は偶像崇拝を禁じたイスラムの教えに従い、キリスト教のモザイク画などの壁画はカーテンで覆われるという◆礼拝時以外は観光客も入場できるが、モスク化には反発もあるようだ。オスマン帝国が壁画を漆喰しっくいで隠した歴史も頭をよぎる。泉下のアタチュルクには、どう映っているのだろう。

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