2020年8月24日月曜日

渋野日向子の全英女子オープンは2日で幕を閉じた。しかし、それとて長いキャリアの1戦でしかないのだ。© Number Web 提供 渋野日向子の全英女子オープンは2日で幕を閉じた。しかし、それとて長いキャリアの1戦でしかないのだ。  全英女子オープンで渋野日向子が予選落ちしたことは、日本のファンにとっても、もちろん渋野自身にとっても、残念な結果だった。
 5オーバー、76で回った初日は、71位タイとはいえ、1打戻せば予選カットラインをクリアできる位置で、決勝進出の可能性はまだまだ残されていた。
 しかし、2日目は7オーバー、78を叩き、通算12オーバー。カットラインに3打も及ばぬ惨敗に終わってしまった。
 ディフェンディング・チャンピオンの重圧。スコットランドのリンクスの洗礼。海外経験の不足。実戦経験の不足。渋野が予選落ちとなった原因は「いろいろ」挙げられている。
 ロイヤル・トゥルーン一帯に接近していたストーム・エレンによる強風は、選手たちのゴルフを翻弄し、もちろん渋野もその風に煽られていた。
 スコットランドのリンクスの風は、エレンのごとき嵐が押し寄せていない日ごろでも、向きや強さが目まぐるしく変わり、吹き付ける強さは、日本的感覚で言えば「台風みたい」だ。そこに降雨が加われば、ほとんど嵐。
 これまで全英オープンや全英女子オープンを取材した際、用意していった傘を何本も何本もダメにした。軽いからと思って持って行った折り畳み傘などはまったくの論外で、一見頑丈そうな長い傘でも、ほんの1、2ホールでお釈迦になった。

渋野はリンクスに不慣れだった。

リンクスコースでは、プレーではなく取材や観戦で歩くときでさえ、ゴルフ用あるいは強風用に設計された特別な「風対応アンブレラ」以外は、ほとんど使いものにならない。
 取材陣もギャラリーも、手持ちの傘をすべて失ったところで冷たい風雨にさらされて困り果てたという苦い経験を味わって、リンクスの猛威を肌で感じさせられる。
 プレーヤーにも、それと似たこと、いやそれ以上のことが当てはまるわけで、その意味では、渋野は本場リンクスにあまりにも不慣れであり、経験不足であったことは誰の目にも明らかだった。

敗因は本当に「風」だろうか。

しかし、彼女の最大の敗因は、本場リンクスの風ではなかったと私は思う。
「風どうこうより、自分の問題です」
 そう、彼女の惨敗の根本原因は、悔しさを噛み締めながら渋野自身が発したこの言葉に尽きるのではないだろうか。
 初日。渋野はスタートホールのパーパットを決められず、ボギー発進となった。2番でもボギーを喫し、そして迎えた4番のパー5でポットバンカーからの脱出に2度失敗し、トリプルボギーの8を叩いた。続く5番もボギー。出だしの5ホールで6打を落とした。
 しかし、難関のパー3の8番で見事にバーディーを奪うと、後半はパーパットをスルスルとカップに沈め始め、2バーディー、2ボギーのパープレーを披露した。
 後半のみとはいえ、あの強風の中でのパープレーは、お世辞抜きにディフェンディング・チャンピオンらしいプレーぶりだった。よく耐え、よく持ち直したと思う。
 バンカー脱出を失敗した4番のプレーを含めて、渋野自身は「初心者に戻ったみたいだった」と振り返っていたが、初心者ならば、その後に持ち直すことはできなかっただろうし、ましてや難コンディションのロイヤル・トゥルーンのバック9でパープレーを披露することなど、できようはずがない。

初日の渋野はチャンピオンらしかった。

そう、初日の渋野は確かに大きく出遅れたが、まだまだチャンピオンらしさを感じさせるゴルフが少なくとも後半はできていた。
 言い換えれば、何が起こるかわからないリンクスコースで開催される全英女子オープンにおいては、バンカー脱出に2度失敗した程度では、死なないし、終わらない。
 そのことを渋野自身がどこまでどんなふうに認識できていたのか――。そこが運命の分れ目だったのだろうと、今は思う。

「仕方ない」ことを悔やんでしまう罠。

2日目。同じ疑問を抱きながら渋野のプレーを眺めた。
 3番でバーディ―を先行させ、好発進。しかし、5番でボギーを叩き、パー4の7番ではグリーン右サイドの傾斜地から空振りしてダブルボギーを喫した。
 以後、彼女は初日のような持ち直しを見せることなく、崩れて終わった。
「バーディーで始まって、よく耐えていた。7番のダボは仕方ないと切り替えていたけど、8番で右に曲げしまって……」
 そう、序盤の渋野は、よく耐えていた。7番の空振りもダブルボギーも「仕方ない」と切り替えようと努めた。
 しかし、前日は好打を放ってバーディーを奪った8番のパー3で、2日目は「右に曲げてしまった」。それを悔やんだことが、彼女のゴルフの流れ、いや彼女の心の流れを変えてしまった。

最大の敗因は焦ってしまったこと。

「後半は、ティショットはいいのに、グリーンにも乗っけられなかった……」
 渋野は情けなさそうな表情で、そう振り返っていたが、あの8番で右に曲げたときも、その後、後半でグリーンを外し続けたときも、もしも彼女が「リンクスなら、そのぐらい当たり前」と割り切ることができていたら、彼女の2日目は異なる展開になっていたのではないだろうか。
 初日はトリプルボギーから持ち直して後半は見事なパープレーをやってのけ、2日目も空振りやダブルボギーを「仕方ない」と割り切ることができた。少なくとも割り切ろう、切り替えようと思うことができていた。
 それなのに8番のティショットは「曲げてしまった」と悔やんだ。後半は「グリーンにも乗っけられない」と焦った。
「頭の中はパニックでした」
 最大の敗因は、そこにあった。

メンタルは、強いか弱いかではない。

「悔いを残してしまうゴルフをしてしまった。悔いの残る初めてのディフェンディングの試合だった」
 客観的に眺めれば、渋野が崩れた主原因は明らかにメンタルにある。とはいえ、単にメンタルが「強いか、弱いか」ではない。
 大自然の猛威や脅威に翻弄されるスコットランドのリンクスでは、たとえ日本では大失敗とみなされることでも「全然OK」の許容範囲。ダブルボギーもトリプルボギーも、バンカー2連続失敗も傾斜地からの空振りも「想定内だし、許容範囲。その程度では死なないし、終わらない」。
 そういう異空間ならではの等式を、彼女は見抜くことができず、頷くことができなかった。
 リンクスでの全英挑戦は初めてゆえに、わからなかったのだろうから、敗因に経験不足が含まれることは言うまでもない。しかし、内陸コースだったとはいえ、昨年大会を彼女は初挑戦で制覇したのだから、「経験不足」は究極の敗因にはなりえない。

発端は、許せなかったこと。

渋野自身は「自分の問題」として、アイアンショットの精度や不安をしきりに口にしていた。
「(練習は)いろいろやってきました。でも、この2週間は1つも成果を出せなかった。アイアンショットはポンコツでした。それに加えて風もあって、思ってもいないところへ飛んでいく。気持ち的に苦しかったです」
 なるほど、選手は往々にして「技術先行」。技術があれば心も落ちつき、いいゴルフができると考える。一方で、サポートする周囲は「メンタル先行」を指摘する。心が乱れるからゴルフが乱れるのだ、と。
 どちらが先か。それはニワトリとタマゴのようなもので、どちらか1つが答えにはなりえない。
 しかし今回の渋野の惨敗は、まず心が切れた。だから技術を発揮することができなくなった。「ポンコツだった」のは、アイアンショットではない。心が切れたのは、メンタルが弱いのではなく、許容しても構わないはずのものを彼女の心が許せなかったことが発端だった。
 初日の渋野は8番パー3で持ち直し、2日目の渋野は8番パー3で心を切らし、崩れていった。リンクスゴルフにおいて、それは致命的なミスだった。
 しかし、ちょっと考え方を変えれば、「それだけのこと」。
 しぶ子よ、そのぐらいの割り切りで、この悔しさを吹き飛ばせ。世界を渡り歩くつもりなら、もっともっと図々しくなっていい。

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