藤井棋聖 大棋士の長所兼備…飯島七段「3妙手」解説
史上最年少で将棋のタイトル保持者になった藤井聡太棋聖(18)。その強さの秘密はどこにあるのか。プロ入り後の棋譜の中から、ファンや関係者を驚かせた「三つの妙手」をピックアップ。竜王戦の観戦記を担当している中堅棋士・飯島栄治七段にその神髄を解説してもらった。(編集委員 田中聡、文化部 吉田祐也)
羽生の勝負術・升田の構想力
藤井棋聖の最大の武器は、「どの棋士よりも深く正確な『読みの力』」と飯島七段はいう。
その証明が、多くの棋士が参加する「詰将棋解答選手権」の「チャンピオン戦」5連覇だ。初優勝はプロ入り前の2015年。藤井棋聖は12歳だった。終盤、「詰む、詰まない」の局面になるとだれにも負けない。それが強さのベースだ。
そのうえで飯島七段は、「藤井棋聖の指した妙手の数々からは、天賦の創造性が感じられる」と話す。「それも『一色』ではなく、過去の大棋士たちのいいところを集めたような『多様性』がある」。藤井棋聖は若手棋士には珍しい長考派だが、状況に応じてタイプの違う妙手を見つけ出す頭の柔らかさも備えている。
「3妙手」の中で、広くファンに知られているのが、18年6月の竜王戦5組決勝・石田直裕五段戦の△7七同飛成だ。その年度の最も優れた新手・妙手に与えられる「升田幸三賞」を受賞した。「『光速流』と呼ばれる谷川浩司九段を思わせる鋭いひらめきの手。抜群の読みの正確さと王将に迫る終盤のセンスを表しています」と飯島七段。
翌年の竜王戦での4組準々決勝・中田宏樹八段戦で見せた△6二銀は、「若手時代の羽生善治九段がしばしば見せていた『羽生マジック』のような勝負手」だ。中田八段の勝利目前、両者秒読みの中での「思わず飛びついてしまう毒まんじゅうのようなワナだった」と飯島七段は説明する。
初タイトルを取った今期棋聖戦で話題になったのが、第2局の△3一銀だ。「升田幸三・実力制第4代名人を思わせる構想力。控室でこの手を指摘した棋士はだれもいませんでした」と飯島七段はいう。「この手を境に形勢が藤井棋聖に傾いた。史上最年少タイトル獲得につながる歴史的一手といえるでしょう」
藤井棋聖自身が「(プロ入り前から比べると)角一枚分強くなった」というその実力。飯島七段は「ギアチェンジが2回あったように見える」と分析する。
1回目は、デビューから史上最多の公式戦29連勝を記録した直後。「対戦相手が格段に強くなり、珍しく負けが込んだ。その後、少し甘さがあった序盤戦略が改善された」という。2回目は、トップ棋士との対戦が多くなった昨年夏から冬にかけて。「王将リーグの最終戦で広瀬章人八段に負けた後、彼らに競り勝つことが多くなりました。経験を積んでたくましくなった感じがしますね」とも。
藤井棋聖は18歳になったばかり。「自分の経験だと、その年から20歳までが一番棋力が伸びた。まだまだ強くなるのではないか」と飯島七段はいう。「本当の意味で第一人者になった時、藤井棋聖はどんな『顔』を見せるのか。谷川先生のひらめき、羽生先生の勝負術、升田先生の構想力。これまで見せてきた『姿』に何が加わるのか。楽しみでもあるし、同じ棋士として恐ろしい気もします」と結んだ。
AI超え
「AI(人工知能)超え」としても知られる升田賞受賞の妙手。一直線の攻め合いとなった終盤。▲7二銀=図1=と飛車金両取りをかけられた局面は、後手の藤井棋聖がまずそうに見える。「普通はこんな手を食らったら敗勢」と飯島七段。だが、ここから△8六飛▲8七歩△7六飛▲7七歩と進んだ後、△7七同飛成=図2=が飛び出す。▲同金に△8五桂が詰めろで後手が勝ちなのだ。
将棋ソフトは直前までこの手がまったく読めていなかった。「それを十数手前から想定して戦略を立てていた。その読みと構想力がすばらしい」と飯島七段。
秒読みの芸術
△6二銀と「タダ」で取られる位置に動かした意表の一手=図3=。中田八段は▲同竜としたが、竜が7筋から6筋に動いたため、先手玉に詰みが生じた。ちょっと長いが手順を示すと、△6八竜▲同玉△6七香▲5七玉△5六歩▲同玉△4五金▲5七玉△3九角▲4八歩△同角成▲同銀△5六歩▲4七玉△3五桂▲3七玉△2七馬まで。
銀投入 まさか
中盤の難所。自陣の守りを固めたいが、持ち駒はなるべく使いたくない。「普通は△3二金や△3一玉という受けを考えるところ」(飯島七段)で藤井棋聖は△3一銀と打った=図4=。
控室で検討していた棋士たちからは、思わず驚きの声が漏れたという。その後、▲7九玉と先手も守りを固めたところで、△4六歩と飛車の上部を押さえた手が「落ち着いた継続手」だったと飯島七段はいう。「持ち駒の銀を手放しても攻めが続くという判断には驚きました。並の棋士は頭に浮かぶことすらない構想力の一手です」
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