中国でも瞬時に伝わった
安倍首相の辞任表明
8月29日の午後、日本で「安倍首相が辞任」との速報が流れた途端、中国国内のテレビや新聞、ネットなどの主要メディアが軒並み報じた。そして、インターネット上では、大量のコメントが堰を切ったように寄せられた。その後もSNSなどのコメント欄は「辞任の理由」が熱く議論されるなど、たくさんの書き込みで溢れた。中国最大の検索サイト「百度(バイドゥ)」や中国語版ツイッター「微博」などでは、「安倍首相辞任」が注目ランキングの上位を占めており、現在でもその賑わいは衰えていない。
主要メディアにとどまらず、企業や団体、個人のホームページやブログなどにも、たくさんの見解や論考が掲載されており、それに追随する感想やコメントがずらっと綴られている。自国の指導者ならともかく、外国の首相の辞任にこれほど関心が高いのは異例のことであろう。
今回の安倍首相辞任のニュースには、3つの特徴がある。まず、中国の報道が日本とわずか「1秒の差」と思えるほど迅速だったこと。また、職業や年齢に関係なく、幅広い層で高い関心が持たれていること。そして、総じて「安倍晋三」という人物が日本以上に、中国の国民から高く評価されているということだ。
実際、安倍首相の辞任については、ねぎらう声が多く、総じて好意的でポジティブに受け止められている。
安倍首相をねぎらう声と
高く評価する声が多い
まず、安倍首相の体調への気遣い。つまり、持病を抱えながらも重責を果たしてきたことに敬意を表するコメントが目立つ。「重病を抱えながら、約8年間も頑張ってきた安倍首相に敬意を表したい。本当にお疲れさまでした!辞任することにより、1つの伝説の時代が幕を閉じた。歴史があなたの名を銘記する!」
「辞任会見を見た。会見中、安倍首相がいく度も目に涙が浮かべ、最後に国民に向かって深く頭を下げた。何だか、心が動かされ、こみあげるものがあった」
「突然の辞任驚いた!どれだけのストレスが、持病の潰瘍性大腸炎を進行させ、ここまで追い詰められたのか、言葉にならないでしょう。本当にお疲れさまでした!日本人民の良い首相だ!」
「尊敬する政治家だ。志半ばで無念だ!よく頑張られたなー。1日も早く回復するよう祈る!」
そもそも多くの国の権力者は、死んでも権力にしがみつこうとするのが常識的なイメージである。安倍首相のような国を代表する権力者が「健康上の理由」とはいえ、あっさりと潔く辞任してしまうことが衝撃的で驚きなのだ。
そして、昭恵夫人も中国国内で有名なようで、このようなコメントもあった。
「安倍首相は、恐妻家兼マザコンで、昭恵夫人とお母さんの間で板挟みとなって、これも間違いなくストレスとなっているのだ!」
「小安(安倍ちゃん)は、退任された後、のんびりできるのではないか?昭恵夫人経営の居酒屋にもお手伝いに行かれて、お客さんをおもてなしするのかなー?」
など、安倍首相の「家庭の事情」に踏み込んだ発言も目立った。
小池都知事の方が
安倍首相よりも偉そう
「安倍首相の健康面」に対して、気遣い、ねぎらうコメントがたくさん出ている理由として、ある日本通の中国人ジャーナリストが次のように分析した。「安倍首相が『持病の悪化』という理由で辞任することにある。人々は病人には同情し、悪く言わない。ましてや一国の指導者が病気という原因で辞任するのは、よほど本人が病気に苦しめられ、限界だったと察する。報道によると、今年は新型コロナウイルスで、安倍首相が147日間連続勤務して、24時間国民の監視下にいることに等しい。お盆期間中は、本来なら帰省しお墓参りをしたり、好きなゴルフをしたりして、気分転換ができたはずだが、東京都の小池知事が『東京都民が出ていかないように要請した』ので、結局東京に足止めさせられた。それは想像を絶するストレスとなっているに違いないのだ」
上記のコメントにもあるように、小池百合子都知事の要請に、安倍首相が従うのも中国人には不思議である。そもそも多くのコロナ対策において、小池都知事の方が安倍首相よりも偉そうにしているのは、中国では理解できないことである。
一人の政治家として
高い評価をしたコメントも多い
安倍首相を一人の政治家として、評価したコメントも多い。筆者が注目した、二つの中国語の言葉がある。
これらは「忍辱負重」と「鞠躬尽瘁」である。日本語に訳すと、前者は「恥を忍んで重責を担う」、後者は「献身的に力を尽くす」である。
これらは、中国語の中で、「国に身をささげた英雄」を称える最高峰の言葉である。
なぜ、中国人はここまで安倍首相を高く評価するのだろうか。
実は、中国では安倍首相に関する2本の動画がとても有名だ。
一つは、2015年9月の日露首脳会談。安倍首相が直前のスケジュールがずれ込んだために遅れて会場に着いた。プーチン大統領が先に来て待っていたのを目にして、申し訳なさそうな笑顔で小走りして近づき、プーチン大統領と握手をしたシーンだ(※筆者注:むろん、中国の人々もプーチン大統領の方がむしろ「遅刻の常習犯」であることを知っている)。
もう一本の映像は、2017年11月に、安倍首相が来日したトランプ大統領とゴルフしている最中、バンカーを駆け上がろうとして転び、派手に転がり落ちるシーン。素早く立ち上がったが、トランプ大統領は見て見ぬ振りをしてゴルフを続けた。
その後、安倍首相が「トランプ氏から『どの体操選手よりも素晴らしかった』と褒められた」と明かしたと伝えられていたが、当時、中国のネットユーザーからは、「子どもかよ、みっともない」「威厳なし」「しっぽを振っている犬みたい」など皮肉の声が多かった一方、「礼儀正しい!なかなかのやり手だね。好感度がアップした!」「懐が深い!人に好かれるタイプだ!」との声もあった。
今回、安倍首相の辞任により、この2本の動画が再びネット上で注目を集めている。そして、次のようなコメントが寄られていた。
「一国のトップ、万人を凌駕する人。だれもが権威を見せて王者の振る舞いをするだろう。しかし、安倍首相は、国の利益を最優先に考え、忍耐し、自分のプライドをきっぱり捨てた。一見すると屈服し、弱そうに見えるが、実は、逆境にも順境にもよく順応できる人だ、外交上の勝者だ、これこそが外交で最も重要な柔軟性というものだ!」
「人民至上、国家第一!自分のメンツを犠牲にする。これこそ、真の政治家だ!」
「中米関係がギクシャクしている中で、この2つの大国の板挟みとなり、どちらの機嫌も損ねることができない安倍首相の立場が痛いほどわかる!上手にかわすのは至難の技だろう」
どうやら、中国人の目に映る安倍首相の良いところのキーワードは、「忍」のようだ。
「安倍首相は最初嫌いだった。彼は靖国神社にも参拝した。しかし、近年は日中関係の回復や安定のために前向きな姿勢が見られていた。例えば、毎年中国の春節に、中国人民に向かって、中国語で『新年好!』(新年おめでとうございます!)から始まる新春の挨拶を送るのも、好感度が上がった。今は心から尊敬できる政治家だ」
ひたすら国民に
謝り続けている首相
安倍首相の外交上の功績を称えるほか、日本国内での政治実績についても「ベタ褒め」だ。「安倍首相在任中、株価が2倍も上昇し、雇用も改善した」
「インバウンドを大幅に増やした」
そして、今年3月ごろ、日本のスーパーマーケットからトイレットペーパーが消えた際、安倍首相が会見で、「心配はいらない、トイレットペーパーの在庫はたくさんある」と話された映像も、中国で話題となった。
「一国の首脳がトイレットペーパーにまで気遣うなんて、どれだけ親民だよ!」
「親民」とは、国民に寄り添う、親しみを感じるという意味であり、中国人にとっては新鮮に映ったのだ。
また、安倍首相は、今回の件でもそうだが、コロナ対策でもひたすら国民に対して謝り続けている。長期政権を担う権力者が国民を気遣い、謝罪し続ける姿は、中国では信じられない光景なのである。
行間に読み取れる
「自国の事情」への思い
日本では、安倍首相については賛否両論だ。むしろ、日本のマスメディアや「知識人」からは批判されることが多いように感じる(※筆者注:ちなみに、安倍首相の「負の面」とされる、いわゆる「森友・加計問題」や「官僚らの忖度(そんたく)の問題」「桜を見る会問題」などは、中国ではほとんど問題視されておらず、話題にもなっていない。正直、中国人からすれば『その程度のこと』がなんで問題なのか、理解できないと思われる)。
繰り返すが、なぜ、安倍首相が中国でここまで高く評価されるのか。日本在住の筆者には、「いくらなんでも褒めすぎだろう」と思うほどだ。そこで、日本在住の中国人であり、社会問題の専門家である知人に問い合わせ、意見を聞いてみた。
そうすると、下記のような回答が送られてきた。
「そもそも中国と日本は社会制度が違い、社会環境がまったく異なる。中国人は安倍首相の仕事ぶりについてとても感心しているが、民主国家においては、これらは有権者のために当然やるべきことだ。今回、中国人が安倍首相を褒める背景には、自国の社会環境に対してさまざまな思いがあるからだ。日ごろおおっぴらに言えない状況で、安倍首相の辞任を契機に本音を吐露したのである。これらのコメントからは、とても複雑な気持ちが読み取れるし、意味深長だ」
むろん、「安倍首相の辞任が八方塞がりの状況から逃げるためである」と主張している中国人も一定数いる。
それらの見方に対しては反論も起きている。反論して安倍首相を擁護する人々は、日本のいわゆる「ネトウヨ」と呼ばれるような人ではなく、一般の中国人である。
隣国のトップリーダーの去就が、これほど議論されるのには、その行間に「自国の事情」へのさまざまな思いがある。まるで、漢詩で「時の世相」を皮肉ってきた中国伝統の手法のようでもある。
どうやら、安倍首相辞任の話題は、しばらく中国のネットを賑わすことになりそうだ。
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