8月28日午後2時5分、こう速報を打ったのはNHKだった。突然の辞任報道に政権内部にも衝撃が走ったという。同日午後5時に予定されていた首相会見では「新型コロナ対策本部で取りまとめた新たな取り組み方針について説明すると知らされていた」(二階派議員)ためだ。
5時から始まった会見で、安倍首相は冬の到来を見据えたコロナ対策と安全保障環境への対応について報告。そのうえで「(病気と治療により)国民の皆様の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました」と心中を明らかにした。拉致問題については言葉を詰まらせながら「結果が出ていない」と無念をにじませる場面も。歴代最長の連続在職日数を記録しながら、多くの課題を残して去るのは文字どおり本人はおろか国民にとっても「痛恨の極み」だろう。だが、首相が肩を落とすのと前後して、永田町はポスト安倍へと動きだしていたのはご存じのとおりだ。9月半ばに実施される自民党総裁選に向けて、すでに有力候補が名乗りをあげている。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が話す。
「すでに出馬の意思を表明しているなかで言えば、注目は“禅譲”の線もあった岸田文雄政調会長と国民からの人気が高い石破茂元幹事長の2人。ただ、安倍首相は石破氏を毛嫌いしています。自民党総裁選のやり方は二階俊博幹事長に一任されていますが、今回は安倍首相の意を酌んで緊急性を伴うことを理由に党員投票を省き、石破氏の封じ込めに動くでしょう。かといって岸田氏は国民からの支持が薄すぎる。そう考えると、安倍政権の継承と政策の持続性を考えると菅義偉官房長官が本命になるでしょう」
安倍に嫌われる石破、統率力に欠ける岸田。残るは……
安倍首相の出身派閥である細田派は98人の議員を擁し、麻生派が54人、竹下派54人、二階派47人、岸田派47人、石破派19人、石原派11人、無派閥を含むその他66人というのが自民党の勢力図だ。党員投票なしとなれば、自民党所属の国会議員396人から大島理森衆院議長と山東昭子参院議長を除いた394人に、各都道府県連代表3人で141人を加えた両院議員総会の投票によって新総裁が決定される。党員投票ありならば党員票が国会議員票と同じ394票となるため、党員から人気のある石破氏にも選出の芽があるものの、党員投票なしならば、少なくとも細田派や麻生派、岸田派票の取りまとめは絶望的となるため総裁に選出される可能性は低い、というのが永田町ウォッチャーらの共通した見立て。
実は、安倍首相の辞任会見にも石破総理・総裁に否定的なメッセージが込められていたという。政治ジャーナリストの藤本順一氏が話す。
「記者が石破氏、岸田氏らの名前をあげたうえで次の首相に求めるものは? と質問した際、安倍首相は『名前の出ている方々はそれぞれ有望』と言いながら、総理・総裁に必要な資質として『チーム力」をあげました。これは安倍政権に批判的な言説を繰り返して、”安倍チーム”の輪を乱してきた石破氏への当てつけだと考えていい。石破首相では、政権は一つにまとまらない、というメッセージです」
対する岸田氏はかねてより安倍首相の後継候補と目されていた人物。麻生太郎財務相も一時は期待を寄せていた。だが、「岸田首相では選挙に勝てない」が永田町の共通認識。また、「チーム力」でいえば、安倍首相に批判的だった岸田派の重鎮・溝手顕正元国家公安委員長を昨年の参院選で落選させてしまい、自身のチームをまとめきれない一面を晒してしまったこともマイナスポイント。おのずと、本命は菅氏一人に絞られる。
「安倍首相は細田派票をまとめ、菅氏と蜜月関係を築いてきた二階氏も派閥の票をまとめる。麻生氏は菅氏と消費増税時の軽減税率の導入や解散時期を巡ってたびたび対立してきたうえに、二階氏とも昨年の福岡県知事選で保守分裂選挙を起こすなど対立してきましたが、コロナ対策の遅れで政権の支持率が下がって以降、矛を収めて党内の調整役に徹してきました。だから6月以降、二階氏や菅氏との会食を重ねて、首相会見後の派閥の会合では『自分が総裁を目指すことはない』といち早く表明したのです。党の立て直しを最優先して、安倍・二階両氏らとともに菅氏を担ぐのは間違いありません」(藤本氏)
実は、安倍首相の辞任会見でも「菅推し」であることを匂わせるやり取りがあった。
「フリージャーナリストの江川紹子さんが『コロナ禍で日本がIT後進国であることが露呈した』『安倍政権では’20年までに世界最高水準のIT活用社会を実現することを目標にしてきた』のに、実現できていないと突っ込んだ場面がありました。これに対して安倍首相は自治体ごとに異なるシステムの改善は『高市(早苗)総務大臣を中心に一気に進めていく」と話しながら、一方で『個人情報に対する保護という課題がある』という具体的な説明をしていました。そのうえで、この課題解決に向けて『次のリーダーも当然取り組んでいかれると思います』と強調したのです。政府のデジタル市場競争会議では、巨大IT企業による市場独占を防ぐ規制案を求め、不当に個人情報を収集・利用する行為に対して独占禁止法違反を適用する方向。そして、この会議の議長を務めるのが総務大臣経験者で情報通信分野に強い菅氏なのです。『当然取り組んでいかれる』次のリーダーの最有力候補は菅氏なのだと感じました」(全国紙政治部記者)
「河野官房長官」で早期解散に打って出る!?
麻生派では河野太郎防衛相が出馬に意欲を見せてきた(8月31日に出馬見送りへ)が、「麻生氏は義弟の鈴木俊一元五輪担当相を派閥の後継者にすることを考えていることもあって、『河野は総理にするには早すぎる』という姿勢」(同)。今や国民からの人気は石破氏を凌ぐ勢いだが、「イージス・アショア計画停止の際に『事前説明がなかった』と二階氏を激怒させるなど党内に溝もある」(二階派議員)という。
このほか、下村博文選対委員長や稲田朋美幹事長代行が出馬への意欲を見せてきたが、「重要ポスト狙いのアピールにすぎない」(前出記者)という。これらを踏まえると、藤本氏は「菅政権の布陣も見えてくる」と話す。
「調整役に徹する麻生氏は安倍首相辞任に伴い、財務相を降りると見ています。その重要ポストを岸田氏に譲れば、岸田氏の面目も立ち、その先の総理・総裁の芽も残る。岸田氏はかねてより幹事長ポストを要求してきましたが、副総理から財務相ポストを提示されたら断ることはできないでしょう。一方で麻生氏が要職を降りれば、二階氏も『自分だけ幹事長に居座るわけにはいかない』と身を引く決断をすると考えています。派閥の論理でいえば、首相ポストを握っていた派閥がそれを手放せば、幹事長ポストをもらうのが筋。安倍首相の出身派閥である細田派が、幹事長ポストを割り当てられると考えると、同派の下村氏が順当でしょう。今年の都知事選で都連会長として独自候補の擁立を目指していた下村氏に対して、二階氏は小池(百合子都知事)支持をゴリ押しした“借り”もある。選対委員長を務めてきた下村氏ならば、次期衆院選を仕切る幹事長としても申し分ない。自民党の次期衆院選の重要選挙区は東京。前回の’17年衆院選でかろうじて当選した若手の選挙区が東京に集中しているからです。この東京をてこ入れすることを考えても、下村幹事長は適任と言えるでしょう。さらに、菅氏と同じ神奈川県勢で発信力も人気もある河野氏を官房長官にして、“ポスト菅”の最有力候補にすれば政権の支持率アップは間違いない。河野氏は外相・防衛相を歴任し、安倍首相が力を入れてきた外交と安全保障の両面に精通していますから。同じく神奈川県勢で菅氏と近い小泉進次郎環境相を五輪担当相など華のあるポストにつけ、石破氏にも重要ポストを打診すれば最強の布陣に仕上がる」
さらに、麻生派の重鎮・甘利明税調会長もまた”神奈川県勢”だ。経済再生担当相時代の金銭授受疑惑がほじくり返されるリスクがあるため、閣内に入る可能性は低いが、神奈川ネットワーク力をいかして党役員人事で重要ポストを割り当てられる可能性も。
実際、このような布陣が実現するならば、「合流新党の結成直後でバタバタしている野党の間隙を突いた、秋の臨時国会冒頭解散で自民党は大勝する可能性もある」(全国紙政治部記者)という。「来年7月の都議選に向けて公明党の支持母体である創価学会は年明けから学会員を集結させて常勝を期すので、公明党としても年内解散は願ったり叶ったり」(鈴木氏)なのだ。
仮に早期解散で菅政権が大勝するようなら、来年9月の自民党総裁選までのワンポイントリリーフでなく、本格政権となることは間違いない。首相の電撃辞任は、ポスト安倍レースの先にある総選挙という熱すぎるバトルの狼煙ともなりそうだ。
「ポスト安倍」有力候補の面々
▼石破茂元幹事長(63歳) 石破派 鳥取1区 当選回数11
これまで3度の総裁選に出馬。安全保障、地方創生が長年のライフワークで、安倍首相と一騎打ちとなった’18年総裁選でも地方創生を政策の中心に掲げて戦った。議員の人気は低いが、党員からは総裁にと期待する声が高い。
▼岸田文雄政調会長(63歳) 岸田派 広島1区 当選回数9
中間層への分配が不十分とアベノミクス修正に言及。安倍政権で4年8か月外相を務め、安倍首相からの信頼は厚く、意中の後継者とされていきた。しかし、指導力や情報発信力が課題で「選挙の顔にはならない」との声も。
▼菅義偉官房長官(71歳) 無派閥 神奈川2区 当選回数8
新元号「令和」を発表し、一躍知名度がアップ。元総務大臣として、現在も携帯料金の値下げを積極的に主導する。また「Go To キャンペーン」を実行するなど、経済政策に強い。緊急事態を乗り切る大本命か。
▼河野太郎防衛相(57歳) 麻生派 神奈川15区 当選回数8
祖父は日ソ共同宣言に尽力し、父は「河野談話」を発表。自身も外相・防衛相として力を発揮してきた「保守のプリンス」。陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」計画停止以降、評価・人気ともに急上昇。
▼稲田朋美幹事長代行(61歳) 細田派 福井1区 当選回数5
女性初の防衛相。安倍首相の「秘蔵っ子」と呼ばれていたが、最近は、選択的夫婦別姓や寡婦(夫)控除に理解を示すなど、「タカ派」のイメージを抑制。一方で従来の保守層からは批判もあり、女性初の総理への道は険しい。
▼下村博文選対委員長(66歳) 細田派 東京11区 当選回数8
元文科相。9歳で父を交通事故で亡くし、奨学金を得て大学を卒業。政治家となってからは一貫して教育問題に取り組んできた文教族。文科省が主導した民間の英語試験導入を巡っては、ベネッセとの癒着疑惑が報じられた。
▼茂木敏充外相(64歳) 竹下派 栃木5区 当選回数9
経産相、経済再生相などを歴任。丸紅、読売新聞、マッキンゼーを経て、ハーバード大学へ留学。アベノミクスを支えてきた経済通。人気の高い河野太郎氏の後を継いだ外相もそつなくこなすが、人気はいまひとつ。
「安倍辞任」を抜いた記者の“後継”にも注目集まる!?
電撃辞任情報を最も早く入手したとされているのは、「母・洋子さんにも気に入られ、『最も安倍首相に近い』と言われるNHKの岩田明子解説委員」(全国紙政治部記者)。そのため“ポスト岩田明子”も話題に。最有力候補は週刊SPA!でもお馴染みの柿崎明二・共同通信論説委員。「横浜市議時代から取材し続けてきた、最も菅氏をよく知る記者」だ。
<取材・文/週刊SPA!編集部 写真/産経新聞社 時事通信社>
※週刊SPA!9月1日発売号より
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