8月19日 よみうり寸評
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夏になると――詩人の木原孝一は言葉を継いだ。〈私はこころのなかにちいさな船をつくりあげる〉と◆〈酒とさまざまな記憶〉を積んで、その船は出帆する。〈そうして夏の終りまで/(中略)時の運河をさかのぼり/こころのなかの七ツの海を漕 いでゆくのだ〉(ちいさな船)。人の心に思い出の海を作り、のちに追憶の航海に誘 う。夏とはそういう季節なのかもしれない◆お盆休みも過ぎ、大人たちが追憶の帆を下ろそうかという頃合いに、子供たちの夏休みも次々終わりを告げている。今年は各地で日数が短くなり、16日間が最も多いという。幾重にも思い出が刻まれたはずの大切な時間をコロナが削った◆炎天下の登校はつらくないか。休校の遅れを取り戻すための過密な授業にへばらないか。そもそも1学期の疲れはとれたか…。思い出への影響をさておいても心配は尽きない◆詩の途中に子供だけのボートに出会う場面がある。〈元気でゆくんだぜ きみたち〉。街でランドセルをみると同じ言葉をかけたくなる。
8月20日 編集手帳
昨年亡くなられた田辺聖子さんの短編集『春情蛸の足』(講談社文庫)では、さまざまな食が語られる。そのなかに、この頃になって読み返した中年男女のやりとりがある◆「たこやきは家でつくるとあきませんね」「そんなもんですかな」「お味はある程度のところまでいけると思いますけど、でも家でつくってしまうと、とことん食べるでしょう…」。食欲の加減を考えると、「やっぱり、おいしいものは外で」と女性は言う◆ただ今や、お外ごはんはいろいろと注意が必要、かといって、おうちごはんも油断はならないようである◆春先に比べ、お腹 の出具合を気にする方はおられないだろうか。以前は生活習慣病に気をつけていたとしても、散歩さえままならないあの巣ごもり期間を経て、再び散歩さえままならないこの猛暑である。先頃、「体を動かしにくい生活環境が何か月も続いては国民の健康への影響は大変なものになる」と運動不足を懸念する専門家の話を聞いた◆コロナ禍と“炎天禍”の重なる日々にあって、食事への気遣いは大切だという。ともすれば適量を超えるおうちごはんの誘惑もある。
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