2020年8月20日木曜日

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老後破綻を防ぐために、老後資金の多寡よりも重要なことがある。本稿では老後のお金相談に訪れた3人の事例をご紹介するが、60歳時点で老後資金が3000万円あっても老後破綻に陥るリスクがあるのだ。そうならないために本当に大事なことは、「60歳からの5年間の過ごし方」だということをお伝えしたい。(株式会社生活設計塾クルー ファイナンシャルプランナー 深田晶恵)

60歳以降に訪れる
2回の「収入ダウンの崖」

この数年、定年前後の方からリタイア後の生活設計のご相談を受ける中で、痛感していることがある。それは、老後の安心を得るためには、老後資金の多寡よりも「60歳からの5年間の過ごし方」が重要であるということ。
 会社員は、勤務先の倒産やリストラなどによる突然の失業に陥らない限り、年間の収入が数百万円も減る事態にはならない。50代のうちは、ボーナスの変動が多少あったとしても、横ばいの年収が続く人が大多数だ。
 ところが60歳で定年になると、収入は激減する。59歳で年収はピークを迎え、定年後に勤務先の再雇用制度を利用して働いたとしても、年収は大幅に減る。50代のときの半分以下、人によっては3分の1くらいまでダウンする。
 再雇用契約が65歳で終わり、年金だけの生活になると、もう1度収入がダウンする。公的年金の額は現役時代の収入を反映するため、減少幅は人によって異なるが、40年前後厚生年金に加入していたとすると、180万~240万円くらいだ(老齢厚生年金と基礎年金の合計額)。
 私は60歳と65歳の収入変化を「収入ダウンの崖」と呼んでいる。緩やかな下り坂ではなく、ある月から、まるで崖から落ちるように給与や年金の受取額が減るからだ。
 私は日頃、老後生活の準備として、「収入の高い59歳までは、頑張って老後資金を貯めましょう。60歳の『収入ダウンの崖』以降は、貯蓄はしなくてもいいので、その代わり『収支トントン』を目指し、それまでに貯めた貯蓄や退職金を減らさないように心掛けること。老後資金を取り崩す生活をするのは65歳で完全リタイアしてからにしましょう」とアドバイスしている。
 再雇用後の収入が減ったからといって、60歳から退職金を取り崩す生活をすると、5年間で数百万円も貯蓄を減らす事態に陥る。これを避けるために「せめて収支トントンを目指す」ことを提唱している。
 しかし「収支トントン」を実現するのは、多くの人にとってかなり困難だ。再雇用後の年収は300万~400万円、手取りだとさらに100万円近く減る。定年前は会社員としての収入がピークであるため、支出も膨らんでいる。大幅な支出カットが必要となるが、そのことに気が付かないまま再雇用の期間が過ぎてしまう人も少なくない。

60歳時に老後資金が3000万円あっても
老後破綻の可能性がある!?

いくつかの事例を紹介しよう(相談業務は守秘義務があるため、概要でお伝えする)。
◆ケース1 Aさんの場合
・60歳時点での貯蓄額は、退職金を含めて2000万円。
・その中から住宅ローンの残債1000万円を一括返済し、老後資金は1000万円。
・再雇用後の毎月の収入は、給与と高齢者雇用継続給付金を合わせて、手取り額月28万円。ボーナスは20万円程度が年2回。
・住宅ローンを完済したことに満足し、他の支出の見直しをせずにいたら、毎月5万円、ボーナス時に20万円、合計年100万円の赤字。5年間で500万円を老後資金から取り崩し、65歳時には貯蓄残高は500万円となった。
◆ケース2 Bさんの場合
・60歳時点での貯蓄額は、退職金を含め3000万円。
・定年後は再雇用で働き、同時に企業年金(支給期間10年)は60歳からスタートするので収入に余裕があるように思い、住宅ローンの繰り上げ返済は行わないことにした。住宅ローン返済は78歳まで続く。
・再雇用後の給与は年収400万円、加えて企業年金100万円もあったため、収入ダウンの危機感を持たずに、現役時代の消費生活をそのまま続けた結果、毎年200万円を取り崩し、70歳時の貯蓄残高は1000万円に。70歳からは企業年金もなく、夫婦の公的年金収入300万円のみ。この中から住宅ローン返済と膨らんだ消費支出を続けると、数年後には貯蓄が底をつくことが十分に予想される。
◆ケース3 Cさんの場合
・転職経験があるため、退職金は500万円と少ない。子どもの教育費がかさんだので貯蓄は300万円程度。さらに再雇用後の収入がダウンすることに危機感を覚え、夫婦で支出見直しプランを考える。
・再雇用後は、給与収入に加え、若いころに加入した個人年金を60歳から5年間で受け取り、毎年の収入アップを図る。あと年50万円収入があると、「60代前半は収支トントン」を実現できる見込み。
・夫は、妻に「あと月4万円分だけ、パートを増やしてくれないか」と提案するが、「無理!」と断られる。
・世帯収入がアップできないと、毎年50万円の取り崩しとなり、65歳時点での貯蓄額(=老後資金)は550万円と予想される。
 AさんとBさんは、60歳時点での貯蓄額は多い。にもかかわらず、支出の見直しを行わずに何となくお金を使う生活を続けると、老後資金はどんどん目減りし、老後破綻の可能性が出てくる。
 実際、70代半ばで貯蓄が底をつき、40代の息子夫婦に連れられて4人で私の元に家計改善の相談に来る人もチラホラ出てきている。他人事と思わない方がいいだろう。
 Cさんは他の2人と違って60歳時点での貯蓄額が少ない分、危機感を持って再雇用後の支出見直しに取り組んだ。併せて世帯収入アップを試み、妻に協力を求めたが、あえなく撃沈。
 今の50代以上は専業主婦世帯が多く、妻が働いているとしても扶養の範囲内のパート勤務であることがほとんどだ。妻は「生活費は夫が稼ぐもの。パート収入は私の小遣い」と考えるので、60歳を目前に夫が「あと年50万~60万円の収入を得てほしい」とお願いしても、却下されることが多い。それまでのコミュニケーションが密でないと、なおさらだ。
 3つのケースは、今の会社員の「定年後あるある」。つまり、本当によくあるケースなのだ。

年金生活に入った方が
実は家計のコントロールはラク

相談内容にかかわらず、コンサルティングの依頼に来る人には、収入が分かるものとして「源泉徴収票」を持ってきてもらう。支出状況はシートにまとめてきてもらうが、併せて「昨年1年間の貯蓄額」を調べておくよう依頼する。シート記載の「年間支出額」と実際の支出額にズレがあるかどうか確認するためだ。
 たとえば、50代後半の額面年収が800万円だとする。手取りは約600万円で、年50万円の貯蓄額なら、1年間で使っているお金は550万円ということになる。60歳時に退職金で住宅ローンを完済すると、年120万円程度は支出が減るが、他の見直しを行わないと年430万円が出ていく。
 どこの会社を見ても再雇用後の給与収入は300万円台が多く、大企業でも400万円ちょっと。もちろん、手取りはもっと少ない。仮に手取り収入が300万円で、先の年間支出430万円を見直さないまま再雇用に突入すると、130万円の赤字となる計算だ。5年間で退職金・老後資金が650万円も減ってしまう。
 100万円以上の支出を削減し、60代前半を「収支トントン」で過ごすには、夫婦でよく話し合い、全力で支出のダウンサイズに取り組みつつ、足りない分は妻も働いて世帯収入を増やすといった努力が必要だ。
 これまで、夫婦でお金の話をしてこなかった人にとってみると、「夫婦で取り組む」という作業は、勤務先から与えられる仕事のミッションよりはるかに難しく感じるだろう。
 読者のみなさんは意外に思うかもしれないが、「60代前半」と「60代後半」では、再雇用契約中である「前半」の家計管理の方が圧倒的に難しい。そこから年金生活に入ると収入はもう1段階ダウンするが、公的年金は不労収入。毎年の赤字分だけ夫婦で「ほんの少し」働けば、65歳以降に「収支トントン」が実現できて、老後資金からの取り崩し生活入りを遅らせることができる。
 一方、「60代前半」の再雇用後の収入は働いて得るものなので、もっと欲しいと思っても簡単に増やすことはできない。ほぼ毎日出勤するため、プラスアルファの収入を求めてアルバイトする時間もないだろう。
 60代前半は、頑張って「収支トントン」を目指すことによって支出削減のノウハウや心構えが身に付く。これにより65歳でもう一回「収入ダウンの崖」があったとしても、ソフトランディングできるのだ。年金生活に入ったら、年金では足りない分を夫婦で少しだけ働く。60代の10年間をこのように過ごすと、60歳時点での老後資金が少なかったとしても何とかなるのだ。
 老後破綻を防ぐカギは、老後資金の多寡ではなく、60代前半の過ごし方にあると肝に銘じておいてほしい。

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