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季節を表す味わい深い言葉に「二十四節気」がある。「春分」「夏至」「秋分」「冬至」をベースとして季節を24に分けたもので、「立春」「立夏」という季節の始めの時期や、「雨水(うすい)」「白露(はくろ)」「霜降(そうこう)」といった天候を示すもの、さらに「啓蟄(けいちつ)」のように春になって虫達が地上に出てくる現象を表したものまである。テレビのニュースでも、アナウンサーが冒頭で「暦の上では夏です」と二十四節気を説明する場面も度々見るものだ。
今年は、長い梅雨がようやく明けた。7月28日の九州南部を皮切りに、8月2日までに九州北部・中国・四国・近畿・関東甲信・東海・北陸・東北南部地方と続々と梅雨明けが発表され、ようやく夏本番の季節が到来する。
しかし、暦の上での二十四節気と実際の季節は全く合っていない。今年の7月6日は「小暑」、7月22日は「大暑」だが、小暑の頃はまさに梅雨の真っ盛りであり、時折気温が4月並みに低下したこともあった。大暑の時期も、今年は沖縄を除いて梅雨明けしておらず、「暑い夏」とは言い難い気候だった。
8月7日にも「立秋」が来るが、過去30年間の東京の気温を平均値で見ると、最も高い時期は8月5日から9日にかけてだ。この期間の平均気温は26.7℃、最高気温は31.1℃である。まさに夏の盛りのように感じるが、暦の上では秋、二十四節気にはこうした「ズレ」があるのだ。
この理由は、二十四節気の由来にある。もともと、中国内陸部にある陝西省西安市付近の古い郷土暦が発祥とされ、この辺りでは確かに7月に気温のピークが来て、8月に入ると気温が下がり、爽やかな秋空が広がり始める。北京市の気温の推移を見ても、1年で最も高いのは7月半ば頃であり、8月初旬には6月並みへと下がっていく。
7月に最も高く、8月に入ると低下するという気温の傾向は中国内陸部だけではなく、パリやウィーン、ロンドンなどの欧州も同様だ。7月初めから夏の日差しが差し始めバケーション・シーズンが到来し、8月中旬ともなると曇りがちの日々が続き、秋の気候となる。ちなみに、イギリスから生まれた「ジューン・ブライド」という言葉も、6月のイギリスは天候が良く花が咲き誇る時期に由来する。日本では梅雨シーズンの最中だ。
なぜアジアや欧州の諸都市と比較して、日本の夏の到来は遅いのか。これは、日本列島が海に囲まれているためだ。陸地と海を比較すると、陸地は太陽からの熱を素早く吸収するため地面が温まりやすいのに対し、海は温まりにくく冷めにくいという「比熱」の違いがある。このため、日本では1年間で最高気温になる時期が内陸部よりも2週間程遅くなるのだ。
来年に延期になった東京オリンピックは、国際オリンピック委員会(IOC)が猛暑時期を懸念し、マラソン会場が東京から札幌へと変更された。「2008年にも北京で夏のオリンピックを開催したではないか」という声が出そうだが、北京の場合、オリンピック開催時期は秋に入る季節に当たり、季節の移り変わりは東京とは異なる。夏のオリンピックの猛暑問題は、東京だからこそ悩ましい問題なのだ。
こうして見ると、二十四節気の「大暑」や「立秋」を読み取る場合、実際の季節を表しているというよりも、これから来る季節の事前アナウンスとして捉えるのが良さそうだ。体調を整えるための2週間の準備期間と考えてはいかがだろうか。
【プロフィール】たんげ・やすし/気象予報士。日本気象予報士会東京支部長。著書に『気候で読む日本史』(日経ビジネス人文庫)、『気候文明史』(日本経済新聞出版)、他。
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