年老いた女性が杖をついて歩いていた。交通整理をしていた青年団員がその指に細い指輪を見つけた。「ちょいと、お婆さん、それは何です」◆「ようし、調べる」の声とともに女性はテントに引き込まれた。作家の内田百●が「アジンコート」という随筆に記す戦中の一コマだ◆歌人の折口信夫も異様な光景を書き留めている。桜の名所で土産物屋の亭主や宿屋の若い者とおぼしき人が道に立ちはだかり、通行人をとがめていた。〈もんぺいの柄がだて過ぎる〉等々と(随筆「花幾年」)。戦況が泥沼化するなかで質素倹約が重い規範となり、逸脱する人が過剰に責めを負った。コロナ下の「自粛警察」が重ならなくもない◆感染者や家族に私刑を加えるような中傷がネット上で繰り返されてもいる。その深刻な実態を昨日の朝刊が伝えていた。むろん戦争とコロナは別ものだ。同じ次元では語れないにしても、不寛容な空気はどこか通じる◆戦後75年の夏である。どれほど歳月を経ようと汲み取るべき教訓があの時代にある。(●は門がまえに月)
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