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7月のある日、上司から珍妙な差し入れを頂戴した。手渡されたのは、コオロギ粉末が練り込まれたスナック菓子「未来コオロギスナック」。近所のスーパーで見つけたらしく、「気になるから、食べて、記事書いて」と食レポの任務を振られたのだった。
パッケージには、ポップなコオロギのイラストが描かれている。つぶらな瞳のコオロギが地球の上に居座っているシュールな構図。上部には「コオロギは地球をすくう」というキャッチコピー……。
一方、その味付けが気になった。「近未来ラーメン味」とパッケージに書いてある。おそるおそる袋を開ける。ほんのりと米のような香りがする。イモ虫のような形状のスナックをつまんで、口へと運ぶ。サクサクッ。小気味よい音とともに、香ばしい風味が広がる。このラーメン味、なんだかコクがあってやみつきになる。やめられない、止まらない。あっという間に1袋を平らげてしまった。
製造元は、「株式会社MNH」。MNHは、「M=みんなで N=日本を H=ハッピーにする会社」の略だという。どうみても怪しい。商品の詳細を聞くべく、同社に取材した。
対応してくれたのは、営業担当の田中彰悟さん。コオロギスナックの売り上げについて聞くと、「すごく売れていますよ」と弾む声が返ってきた。レッドオーシャンと化している日本のスナック市場。有名メーカーのロングセラー商品や新商品が所せましと並ぶスーパーの商品棚から、いったい誰がコオロギスナックを選ぶのか。
「比較的若い世代が多いです。面白がって買っていくパターンが多いですが、中には環境問題に関心のある学生なども手に取ってくれています」(田中さん)
実は、記者が食べたスナックは「未来コオロギスナックII」でコオロギを使ったスナックの第2弾だった。2017年に発売した「初代」は粉末を練り込んだ商品ではなく、コオロギを丸ごとローストしていた。つまり、手足や触角のついたコオロギの素揚げ。開発に半年を要したが、ぜんぜん売れなかったという。
「置いてくれるのは雑貨屋ばかり。半分以上は断られていました。スーパーやドラッグストアに置いてもらいたかったのですが…」(同)
コオロギを目立たせようと、スケスケの透明なパッケージで中身を見えやすくしていたことが、手に取りにくさに拍車をかけた。見た目や先入観のせいでコオロギの魅力が伝わらず、食べてもらうどころか置いてもらうことすらできない状況に、悔しさだけが募った。
こうして大失敗に終わった第1弾。しかし、ここで諦めては、みんなで日本をハッピーにすることはできない。「昆虫食はゲテモノ」という先入観を払拭(ふっしょく)しようと、それから約半年間、新製品の開発にいそしんだ。
前作の反省を踏まえ、続編となる「II」は、ライトなパッケージに。食べやすいようコオロギは粉末にし、スナックの生地に練り込んだ。
今年3月の発売後、SNSなどの口コミでじわじわと広がり、5月には日経トレンディの「下半期ブレイク予測」の食品部門で紹介された。
売り上げは非公表だが、「相当増えました。予想以上で、生産が追い付かない状況です」(同)。7月17日時点では品切れ状態(通販と店頭在庫のみ販売)のため、急ピッチで生産している。
そもそもなぜ、「コオロギスナック」を作ったのか? 発案は4年前にさかのぼる。国連食糧農業機関が食糧難を解決する手段として昆虫食を推奨しはじめ、世界中で昆虫食を推進する機運が高まっていたころだった。
「日本の先駆けとして、昆虫食でお菓子を作ってみたい!」
この思い付きを端緒に、社員たちのアイデアが膨らんでいった。これまでも、ゾンビをイメージしたスナック菓子「ゾンビスナック」など、攻めの独自商品を打ち出してきた同社。企画会議でも、すんなり「GO」が出た。
昆虫の中でも、なぜコオロギを選んだのか。
「最初はミルワームも選択肢の一つだったのですが、試作してみたら、ちょっと気持ち悪くて…」(田中さん)
その点、コオロギは昆虫食の中でも“ビギナー”向けだという。
「第1弾でも、食べやすいよう、小ぶりな品種のコオロギを選びました。見た目もワームやサソリとかと比べるとかわいいですし」(同)
さらに、コオロギは「味」がいいのだという。
「実は、コオロギからは出汁が取れるんですよ」(同)
なんでもコオロギは系統的に甲殻類に近いため、成分もエビやカニに近い。つまり、エビに似た味わいで食べやすく、うまみ成分も豊富なのだという。うまみ成分であるグルタミン酸は、なんと昆布の約3倍も含まれているそうだ。
「なので、『うま味をより感じてもらえる味付けは何か』と考えに考えました。きっとラーメン味にしたら、すごく合うだろうと思ったわけです。ただ、成分が似ているので、エビやカニのアレルギーをお持ちの方は注意してくださいね」(同)
言われてみると確かに、スナックはエビのような香ばしい風味が鼻を抜けて、「コクや深みのある味わい」があったような気がする。
材料となるコオロギはどのように調達しているのだろうか。草むらかどこかで、野生のコオロギを捕まえてくるのだろうか。
「カナダで養殖した、オーガニックコオロギを使用しています」(同)
コオロギにも違いがあるのか。田中さんによると、コオロギは無農薬のトウモロコシなど、オーガニック飼料を与えて育てており、厳正な審査を経て「オーガニック認証」を受けているという。オーガニックコオロギを使用しているのは、同社が日本で唯一なのだそうだ。
「意外と高級品なんですよ。原価はけっこうかかります」(同)
カナダのファームで手塩にかけて育てられたコオロギは、海を渡り、すりつぶされて、まぶされて、われわれ消費者の口の中でまろやかに広がる。そう思うと、ありがたみも増してくる。
同社が注目したコオロギだが、実はいま、スーパーフードとして、欧米を中心にもてはやされている。というのは、コオロギは可食部位が他の家畜と比べても格段に多く(牛は40%、コオロギは80%)、栄養価も抜群。コオロギは重量の65%がプロテインで構成されており、高たんぱく。さらに、鉄分、カルシウム、ビタミンなど豊富な栄養素を含んでいる。
また、コオロギの環境負荷は低いといわれている。他の家畜と比べて温室効果ガスの排出量が格段に少なく、必要な水の量も牛の約20%に抑えられるという(体重1キロあたり)。つまり、環境負荷が低く、栄養価もバツグンのコオロギは、食糧危機というグローバルな課題を解決する可能性を秘めた食材なのだ。
「コオロギスナックを通して、『地球の資源』と『食糧危機という地球規模の課題』を知って考えてもらうきっかけになれば」と田中さん。
現在は「コオロギ柿の種」や「スーパーコオロギおつまみせんべい」など、計11種の商品を展開する。田中さんはラインアップを充実させた理由について、「スーパーの棚で置いてもらうときに、1種類だけだと目立ちませんし、盛り上がらない。ゆくゆくは広いスペースに『コオロギシリーズ』のコーナーを作って展開してもらえるよう、もっと増やしていきたい」と野心をちらつかせた。
「コオロギなんてゲテモノ」と偏見を持っていた私も、取材を通して魅了されてしまった。
世界人口は年々増え続けており、2030年には85億人に到達するといわれている。食糧難にさらされたわれわれが当たり前のように昆虫食を食べている、そんな未来が、すぐそこに迫っているのかもしれない……。(AERAdot.編集部/飯塚大和)
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