2020年8月4日火曜日

写真:朝鮮労働新聞HPより© ダイヤモンド・オンライン 提供 写真:朝鮮労働新聞HPより  長く、新型コロナウイルスへの感染者の存在を否定し続けてきた北朝鮮が、ついに感染が疑われる事件が発生したと認めた。
 日米など国際社会は、「感染者ゼロ」という北朝鮮の主張を信じてはいなかったが、なぜ、北朝鮮はここにきて、コロナ感染を認めたのだろうか。

感染は「韓国からの元脱北者」
“非常事態”を宣言

7月26日の朝鮮中央通信は、北朝鮮南西部の開城市で19日、新型コロナの感染が疑われる男性が確認されたことを伝え、24日に開城市が完全封鎖され、25日には朝鮮労働党の非常拡大会議が緊急招集されたという。
 北朝鮮は、感染が疑われるのは韓国側から越境した「元脱北者」と説明している。
非常拡大会議で金正恩委員長は、「非常事態に直面した現実を重大に受け止めるべきである」と“非常事態”を宣言。同時に会議では、「越南逃走」事件が起きた地域の最前線部隊の手薄な警戒勤務実態が厳しく指摘され、部隊に厳しい処罰を行うことも決まったという。

1月末からの感染蔓延を
いま公表にさまざまな推測

北朝鮮のコロナ感染については、1月末に中朝国境を閉鎖し、非常防疫体制が敷かれた時点から蔓延(まんえん)が指摘されてきた。
 中朝国境地帯の新義州や満浦などの都市では、市民は30戸ほどで構成されている「人民班」以外の人との接触は原則禁じられている。市場には通うことができるが、マスク着用が義務づけられているほか、3人以上で集まることも禁じられた。
 100~150戸ごとに設置されている診療所の職員が各世帯を回り、発熱などの症状がある人を臨時の施設に隔離しているという。
 3月半ばにはロシアから1セット当たり100回使用可能とされる簡易検査キット1500セットが届けられ、この頃から、国営放送で放映される金正恩委員長の公開活動に随行する幹部たちの顔からマスクが消えた。
 正恩氏と接触する可能性がある幹部だけを対象に、検査が行われたようだ。
 その一方で、国際保健機関(WHO)によれば、北朝鮮でコロナの感染検査を受けた市民は7月9日現在で、わずか1117人しかいない。北朝鮮は中国などからも検査キットの支援を受けており、検査数が少ないのは不合理だ。感染者の存在を隠すため、意図的に検査を行っていないという疑惑も持たれていた。
 だが、それでも6月初めには、コロナ感染拡大の抑え込みに成功したと日本政府内でも分析していた。休校措置が一時期緩和されたほか、中朝国境地帯の交易が再開される動きがみられていたからだ。
 そうしたなかでの今回の「コロナ感染の公表」にさまざまな憶測が流れる。

6月下旬から感染再拡大
国際社会の支援が必要に?

有力なのは、6月下旬ごろから再び感染が拡大、本気で対応に取り組まざるを得なくなったという見方だ。
   実際、複数の脱北者の情報によれば、平壌や平安道、黄海道にはコロナ感染が拡大し、死者も多数出ているもようだ。
 北朝鮮は6月、開城にある南北共同連絡事務所を爆破、南北境界線での軍事行動をにおわすなど、挑発行動に出た後、6月24日になって突然、党中央軍事委員会予備会議が、軍事行動を留保することを決定した。
   その後、7月23日に改めて開かれた党中央軍事委でも、戦争抑止力の強化などが議論されただけで、韓国に対する軍事行動についての言及は全くなかった。
 突然の挑発行動の停止の裏側には、新型コロナやアフリカ豚コレラ、パラチフスなどの伝染病の蔓延による軍機能の著しい低下があるのではないか、という見方が浮上していた。
   韓国への挑発停止とほぼ同時期に、休校措置も再び取られるようになった。
 脱北者の一人は「感染拡大を独自に抑え込むのが困難になり、正式に韓国など国際社会に支援を求める必要があると判断したため、感染事実の公表に踏み切ったのだろう」と語る。
 北朝鮮内で感染を抑えきれなかった責任を韓国に転嫁し、北朝鮮住民の不満をそらす狙いもありそうだ。
「感染ゼロ」は金正恩氏の“指導の偉大性”をアピールする手段としても使われてきたが、医療施設などのインフラは乏しく、感染再拡大に伴う死者の増加で市民の間で不安や不満が広がるなかで、やせ我慢が限界に来たというわけだ。

中国国境閉鎖などが長引き
物資不足など市民生活に打撃

もともと北朝鮮が感染に口をつぐんでいたのは、中国への配慮もあったとみられている。
 核開発やミサイル発射実験に対する国際社会からの圧力が増すなか、北朝鮮は中国に依存する姿勢をますます強めている。
 英国の王立防衛安全保障研究所(RUSI)などによれば、一時中断していた、海上で船から船に積載物を積み替える「瀬取り」作業が4月半ばから中国海域で活発化している。
 国際NGO「グローバル・フィッシング・ウォッチ」によれば、北朝鮮は国連制裁で禁じられている漁業権の販売を中国漁船に対して行っているという。
 経済制裁に加えて中朝国境の閉鎖で、公式の貿易量は前年比で8割程度減り、食料品価格が上昇するなど、北朝鮮にとってはコロナ禍で改めて中国依存を思い知ることになっているようだ。
 朝鮮中央通信によれば、金正恩氏は習近平中国国家主席に宛てた口頭親書で、「習近平主席が中国の党と人民を指導して前代未聞の伝染病との闘いで確固たる勝機をつかみ、全般的局面を戦略的、戦術的に管理していることを高く評価し、祝賀を贈る」というメッセージを伝えたという。
 日時や送った方法は不明だが、金正恩氏自身の言葉だと強調し、中朝両首脳の親密な関係を演出したとみられる。
「中国頼みの北朝鮮にとって、中国からコロナウイルスが侵入してきたとは、口が裂けても言えない」。かつて北朝鮮で要職にいた高位脱北者の一人はこう語る。
 これまでの「感染者ゼロ」の背景には、中国への配慮があったとみるが、このところの感染再拡大でそれも限界に来たようだ。

「脱北者取り締まり」名目に
国内の体制固め狙う?

一方で別の脱北者は 「脱北者を保護していた韓国に対し、大手を振って支援を要求できるようになった」と話す。
 注目されるのは、感染を公式に認めた北朝鮮が、新型コロナを持ち込んだのは韓国から越境した元脱北者という「構図」を作っていることだ。
 このことは、今、北朝鮮国内で進められている「脱北者狩り」とも関係がありそうだ。
 韓国の脱北者団体が、正恩氏らを非難するビラを気球につけて北朝鮮に向けて飛ばしたことを口実に南北共同事務所を爆破、一方的に韓国側との対話を断絶して以来、北朝鮮では、脱北者からの送金を受け取っていた家族に対する取り締まりも厳しくなっているという。
 今回のコロナ感染公表の際も、「越南逃走」が起きた地域の最前線部隊への処罰のほか、対策強化が打ち出された。
 脱北者の一人は、米国との交渉の成果が見えない一方で経済制裁が長引き、物資不足や日常品価格の値上がりが続くなか、コロナ感染でさらにさまざまな制約が増え、人々の不満や不安が高まっている状況で、体制固めに「脱北者やその家族に対する締め付けに利用できると考えたのだろう」と話す。 
 北朝鮮当局は10月10日の党創建75周年を大々的に祝うため、日本海側の元山葛麻海岸観光地区や平壌総合病院などの完成を急がせているが、このことが市民に更なる負担を強いることになっている。
 朝鮮中央通信は7月20日、金正恩氏が平壌総合病院の建設現場を訪れ、「人民にむしろ負担をかけている」と述べ、工事責任者の更迭を命じたと報じた。
 体制が揺らぐなか、国内の結束を図るためのスケープゴートとして、体制にとって目障りな脱北者に目をつけたというわけだ。
 脱北者で平壌と連絡を取り合っている北朝鮮の元高官は、一連の北朝鮮のやり方を「狡猾(こうかつ)な手口だ。やっぱり北朝鮮だ、という思いを強くした」と語る。
   コロナ感染が自らの手に負えなくなるなかで、感染を韓国側の責任のような構図を作り、国際社会からの支援を引き出そうとする一方で、国内の体制固めを図る思惑があるというわけだ。

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